2011年2月28日
ストラテジーブレティン (41号)
中東反政府ドミノの帰趨とグローバル投資への含意

中東ドミノが世界経済回復を頓挫させる公算は小さい

突如として地政学リスクが台頭している。中東諸国、チュニジ・エジプト・リビア・バーレーンと伝染している民主化・反政府運動のドミノ現象である。その可能性は低いと思われるが、このドミノが世界最大の産油国であるサウジアラビアや世界最大の生産基地である中国にまで蔓延すれば、世界経済は困難な局面に立ち至る。原油高、不透明性の増大は市場にとっては当然ネガティブであり、2010年の年末以降続いた米国や日本における株式リスクテイクの復活、株買い国債売りのポジションをいったん手仕舞いするのに、都合のよい口実となっている。もっとも、以下で分析するように情勢の安定化を経て、世界経済の拡大基調が続く可能性が強いと考えられ、その場合、現在の株式の押し目は底値買いのチャンスとも考えられる。

警戒的見解、米国の影響力低下

それにしてもこのドミノ現象はわれわれの生活や歴史の発展にとって良いことなのか、悪いことなのか、現時点で断定はできないが、整理をしておく必要があるだろう。二つの対立する見方がある。第一は米国の影響力の低下、原油供給不安の高まりが長期的に続くという警戒的見解である。悲観論者は中東の民主化ドミノ現象はグローバリゼーションの行き詰まり、原油価格の高止まりをもたらし、世界経済の成長力を長期的に悪化させると想定する。確かにエジプトにおける親米のムバラク政権の崩壊は中東におけるパワーバランスの変化を懸念させた。また第五艦隊の母港であり中東における最大の米軍拠点であるバーレーンでの反政府運動も心配である。バーレーンは絶対王政か立憲王政かの違いはあるものの、スンニー派による親米王政という政体をとっているという点で、隣国のサウジアラビアと類似している。反政府運動が厳しい情報統制を敷いている絶対王政のサウジアラビアに波及すれば、原油供給制約により大きなショックをもたらす可能性がある。今回の事態が米国支配力の低下、中東における遠心力の強まりとなる可能性は否定できない。ただサウジアラビアでは海外で長期療養していたアブドラ国王が急遽帰国し住宅融資促進策や公務員の給与15%引き上げなどの懐柔策を打ち出した。今のところサウジアラビアへの波及の可能性は低いと見られている。

肯定的見解、民主化による一層のグローバリゼーションの進展

第二の見解は、民主化ドミノ現象は世界経済発展のプロセスで起きたもので、世界成長の証であり、世界民主化の一環という肯定的解釈である。世界経済は完全に一体化しつつあり、情報もインターネットで共有されている。そもそも学生や労働運動など社会運動の活性化は、経済の高度成長の入り口で起きるものである。日本でも安保反対闘争や学生運動、反合理化の労働運動が起きたのは高度成長の只中であった。今アラブ諸国がグローバリゼーションにより経済の離陸期に入りつつある。高度成長初期の格差拡大の、この時期の運動はいわば成長の通過儀礼とも考えられる。以上の二つの見方のうち、当面可能性が高いのは後者であろう。旧体制打倒の後の新政権が復古主義やイスラム原理主義に陥り、反グローバリゼーションに傾く公算は小さいと見られる。すでに豊かになりつつある国民は逆戻りはできない。各国はグローバリゼーションの繁栄をいかに享受するかという形でしか、経済発展と国民生活の向上を実現できない。ムバラク退陣によって全権を掌握したエジプト軍の最高評議会は、「すべての地域的および国際的な義務と協定を遵守する」という声明を発表した。これは親米路線の継続、イスラエルとの平和協定の存続の意思を明確にしたものであり、新政権によりエジプトの地政学的ポジションが変更される、という懸念は払拭されたといえる。中東の要の地位にあるエジプトの安定化は、チュニジアから始まった中東の反政府運動のドミノ現象が、各国におけるより民主的、親グローバリゼーション的政権の樹立に帰結し、石油の安定供給が維持される可能性を強めると見るべきであろう。原油価格は常に供給ショックによって一時的に上昇する、たとえば湾岸危機の時には3ヶ月で150%上昇したが、それは一過性、危機の沈静化とともに安定化している。

先進国株式投資を主軸の投資戦略が望ましい

このようにドミノ現象が早晩グローバリゼーションにとって望ましい方向で終息すると想定すると、それはグローバル投資にどのような影響をもたらすだろうか。中東情勢はむしろ新興国投資にとって打撃を与え、先進国への投資回帰を強めるものになる、と考えられる。まず第一に、原油価格上昇は新興国の経済をより痛打する。エネルギー消費原単位(エネルギー消費量/名目GDP)は、新興国がより大きい、他方先進国は経済のサービス化と省エネ化により近年エネルギー消費原単位を大きく引き下げてきた。また新興国のエンゲル係数は先進国の2倍以上つまり食料品価格の上昇は新興国の成長をより大きく阻害する。第二に、新興国特に中東や中国の地政学的不安が高まり、市場は地政学を看過できなくなっている。新興国投資には以前にもまして地政学プレミアムが求められることとなろう。以上は投資対象としての先進国の相対的重要性をより高めるものである。

先進国の景気回復が頓挫するとしたら、その最大の原因は長期金利の過度の上昇であろう。インフレ懸念の台頭でFRBの金融引き締めが遅れている(behind the curb)と市場が判断し、長期金利が急上昇する場合である。それが悪い金利上昇と受け止められれば、株価調整の口実となりえる。しかし現状はむしろ逆で、原油価格上昇がデフレ効果を持つと解釈され、長期金利の低下に帰結している。中央銀行の裁量余地は十分確保されており、risk-on tradeを続けるべき環境と言える。

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「失われた20年」の終わり-地政学で診る日本経済 (東洋経済新報社 2月28日発表)

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