2015年08月21日

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ストラテジーブレティン 第145号

中国、たたみ重なる二律背反、悪循環が始まった可能性

為替、経済、株式等で困難が続出、打ち出す緊急避難策が、さらに事態を悪化させるという二律背反が中国のシステムを覆い始めている。これまでの中国に対する絶大な信頼の根源は、当局の圧倒的な統制力、リスク制御能力にあった。経済の合理性や本源的価値がどうであっても、景気の悪化、市場の崩落、投資損失や資産の不良化などの心配は当局のオールマイティーに対する信頼によりカバーされてきた。無謬性を旨とする共産党当局とその影響下にあるメディア、多くのコメンテイターによって、中国に危機など起きるわけがない、との強いコンセンサスが形成されていた。しかし今顕在化した、たたみ重なる二律背反は、当局の制御能力の限界を知らしめ始めている。

 

元安誘導が引き起こした矛盾

決定的な二律背反は為替であろう。8月11日から13日までの元安誘導は景気悪化に直面している中国経済に対しては、整合的なものであった。中国人民銀行はこれをIMFの勧告に基づいた市場実勢への通貨管理の弾力化であり改革の一環であると説明した。しかし、市場参加者の大勢は、それは口実であり、経済的要請から元切り下げを余儀なくされたとみている。中国の輸出は1~7月累計で前年比▲0.3%、7月単月では前年比▲8.3%と落ち込み、これまでとは打って変わって、輸出が成長の足かせとなっている。今では中国主要都市の賃金はアジア新興国で最高となり、価格競争力の減衰が顕著になってきた。元高が競争力を弱めているのである。また、今進行中の金融緩和を実効性のあるものにするためには、人民元安を容認せざるを得ないという因果関係がある。金融緩和により下落圧力を受ける人民元の価値を維持するためには元買いドル売り介入が必要だが、それは金融緩和を尻抜けにさせてしまう。やはり弱い経済実態には通貨安は必然なのである。となると、たった4%弱の切り下げは極めて不十分であり更なる切り下げは不可避との観測が高まる。

 

しかし、元安は大きなデメリットも引き起す。元高神話が砕かれたことで、中国企業の国際資金調達は今後著しく困難化し、中国からの資本逃避にもはずみがかかることも予想される。それは巨額の対外資本流入を所与としてきた中国金融をさらにひっ迫させ、一段の元安期待を醸成せずにはおくまい。中国のここ数年の急躍進は貿易黒字と言うより巨額の対外資本調達によって可能となったが、その前提である元高が続かないとなると、資金流入どころか資金流出が加速する。巨額の貿易黒字が続いているのに中国の外貨準備高が2014年以降減少しはじめ、同時に増加し続けてきた対外純資産高も2013年末の1.99兆ドルをピークに2015年3月末には1.4兆ドルと激減した。中国の外貨管理に大いなる変調が起こっていると考えざるを得ない。当局の元安誘導は、その混乱を加速する可能性が高い。

 

危機対応策が事態を悪化させる

経済政策面でも需要創造政策において二律背反が起きている。成長急鈍化の根本原因は不動産、設備、インフラなどの過剰投資であるのだから、消費への需要シフトが唯一の対応策なはずである。しかし消費拡大のための賃金上げ、労働分配率の引き上げは収益が悪化している企業のキャッシュフローを直撃するので困難である。したがって、失速回避のため屋上屋のインフラに対する過剰投資を積み上げている。

 

金融面でも二律背反が顕著である。株式の暴落対策、海外資本逃避の抑制、経営が困難化する国営企業・地方政府へのファイナンス強化のために、裁量的金融の強化が不可欠となっている。それは市場の自由化による適正な資本配分の促進に逆行する。そもそも中国経済に対する根本的処方は、政治的民主化による分配構造の改革、国有企業改革であるはずだがそれは統制を壊し経済困難を一段と強めるとして棚上げされる。

 

このようにして中国経済と市場はいよいよ手詰まりとなり、株式や通貨のフリーフォールに帰結する悪循環というシナリオも排除できなくなってきた。この先しばらくは弥縫策による小康状態が繰り返されるだろうが、それは事態を底入れさせるものにはならない。

 

日本への影響はマイナスばかりではないが、リスクテイクには慎重さが求められる

中国の輸出悪化とは裏腹に、品質と技術(非価格競争力)に勝る日本の輸出は大きく改善しており(7月輸出は前年比7.6%増)、日本の相対的優位化がうかがわれる。また日本の企業増益率が主要国で最高と予想されていること、日本株式のPBRなどバリュエーションは世界最低であることなど、割安さが際立っている。魅力的投資対象が著しく少なくなっている中で、世界投資家の日本株オーバーウェイトはさらに活発化すると予想される。

 

日本株式の需給環境は良い。①海外投資家、②国内公的資金・日銀、GPIF、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、年金、保険など組み入れ増加、③国内個人資金、など内外すべての投資家において日本株投資余力は空前の規模になっていると推測される。日本株式の長期上昇シナリオは、揺るがないと考えられる。

 

とは言え、中国発の経済金融困難がどのような形で展開されるか、警戒が必要な局面に立ち至っている。短期日本株式展望に関しては、大荒れのリスクシナリオも念頭に入れておくべきかもしれない(言うまでもなくそこは底値買いの投資機会を提供してくれるものとなろうが)。

 

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