2016年04月25日

PDFダウンロード

ストラテジーブレティン 第159号

Don’t fight BOJ 日銀の非伝統的政策進化は必至
~理論的帰結は大幅な株高~

 (1)  市場の雰囲気一変、円安・株高を引き起した日銀新政策報道

 

需給急変、ショートポジションの巻き戻し

先週末、円高ドル安の悪循環にはまり一人低迷していた日本の市場環境が一変、意表を突く株高と円安が起こった。日経平均株価は週半ばの安値16254円から金曜引け値は17572円、シカゴの先物では17740円、9.2%高と急伸、年初来の下落幅は2月12日の22%安から6%安まで大きくリバウンド、ドル円レートも4月11日のボトム107.6円以降の107~109円台のもみ合い水準から一気に111.8円台へと急伸した。テクニカルに機が熟していた、積み上げられていた円高・株安のポジションが一気に巻き戻されたと考えられる。きっかけはブルムバークによる日銀の新規金融緩和スキームの憶測記事「日銀の金融機関貸付金利にマイナス金利を適用する」である。その報道に根拠があるかどうかは不明だが、日銀の一挙手一投足が市場の方向を決定するパワーがあることを見せつけた市場展開であった。

 

円高株安の背景にある日銀に対する侮り

1月以降4月前半までの半ば安心しきった円高株安投機の根源は、中央銀行、特に日銀に対する侮り、黒田日銀によるマイナス金利批判大合唱、日銀は不能化したとの観測が、声高に語られコンセンサスと化していたことにあった。実際過去極めてパワフルであった政策発動の株価押し上げの効果は、1月29日の満を持してのマイナス金利導入では全く効かなかった。それどころかそれ以降一段と株安円高が進行し、日銀の伝家の宝刀も無効、日銀、中央銀行は政策的に無能化しているとの観測が、メディアを埋め尽くした。

 

 

何故日銀批判は間違いなのか

そうした日銀批判には二つの根本的誤りがある。第一はマイナス金利失敗との評価。当社は今後進行する株高で有効性は証明されると考える。黒田総裁が繰り返し説明しているように、円高日本株安は、海外要因などによってもたらされたもの、マイナス金利が無かったら株安円高はさらに進行していたはず、との見解は否定しがたい。第二の誤りは日銀の目的とその達成に対する覚悟への無理解、軽視である。日銀は無限の弾薬を持ち、目的達成のため次々に新機軸政策を打ち出すだろう。この日銀の新機軸政策は退化だとか絶望的になっている表れではなく、新環境に対応する政策の進化、と捉えるべきである。

 

勝ちたいなら日銀に刃向かうな

Don’t fight the Fed. 投資に勝ちたかったら中央銀行に刃向かうな、は過去も今も通用する金言である。それは今の日銀にも当てはまる。Don’t fight BOJ 日銀の非伝統的政策進化は必至である。日銀は想像もつかない新機軸を打ち出し、市場を驚かせ、信用創造を喚起し、2%インフレ達成に全力を注ぐだろう。その過程で、株価は一段と押し上げられ、日経平均はコンセンサスを大きく上回る上昇を遂げるだろう。当社が昨年末に主張した年末24000円と言う可能性もあると考える。もちろん株価形成には世界的環境も重要、①中国危機の封印と②米国の経済の順調な拡大・株高持続、がその前提条件であるがその前提が満たされる可能性は大きい。

 

2016年壮大な株価上昇も、中国危機封印が前提だが

以下詳述するように、中国と言う潜在的危機要因はあるものの日本株式が長期的には壮大な上昇過程にあることは、二つの極端な異常性の是正、①株式バリュエーションの異常性、②国民金融資産配分の異常性、の存在が認められ、それの是正が政策の基幹に据えられつつあることを考えれば明らかであろう。つまり異常割安の日本株式の是正過程が始まったことは明らかで、早晩このことに気付いた国際投資家は日本株を再度気が狂ったように買い始めるだろう。

 

(2) 日銀批判の根底的誤りは株高により、急激に是正されるだろう

 

マイナス金利でイールドカーブはスティーブ化した

世界株価回復、リスクテイク回復の中での日本株が一人負けしてきたが、その大きな根拠に日銀無能論がある。しかし金融村による日銀批判は我田引水的であり、代替策がない。ドラギECB総裁がドイツのマイナス金利批判に対して「代替策のない全否定は受け入れられない」と述べたがそれは日銀批判にも当てはまる。中央銀行の狙いは信用創造を強めること、信用創造できない、不能化した銀行ビジネスを如何に蘇生させるか、銀行が不能なら非銀行部門での信用創造をどう果たすか、がマイナス金利の狙いである。

 

期待できる株式・リスク資産への資金押し出し効果

確かに批判論者が言うようにマイナス金利は銀行の収益環境を悪化させた。当座預金に対するマイナス金利に加えて、イールドカーブがフラット化し、かつ10年国債までがマイナス金利になったことで銀行利ザヤが圧縮した。銀行体力の疲弊は、貸し出し抑制に結び付いてしまうという批判は正しい。しかしそうした犠牲があっても、マイナス金利が必要だという事情があった。それなしには信用創造や資金の適切な配分が不可能であるという経済的背景である。マイナス金利によってイールドカーブがフラット化し、収益チャンスがますます奪われているという議論は金融村の議論である。償還期限がある30年位まではイールドカーブはフラット化して、この分野では銀行のビジネス機会は困難化している。しかし図表4により償還期限が無限大の証券(株式)まで入れたイールドカーブを考えると、4月の時点ではマイナス金利を導入した時よりもイールドカーブはスティープになっている。この分野のビジネスチャンスは拡大しているのである。債券から株式への資金の誘導がマイナス金利の狙いであるとすれば、マイナス金利に対する金融村からの批判は一面的であり、より大きな株高、リスク資産価格上昇というプラス効果があると考えられる。

 

 

 

 

非伝統的金融政策は進化、弥縫策ではない

リーマンショック以降の金融政策は新機軸の連続、全ては大多数の批判や反対に抗して打ち出され、十分な成果を上げている。4/25日付日経ビジネス誌上でリーマンショック危機を予見したノリエル・ルビーニ氏は「QE、フォワードガイダンス、ゼロ金利と言った少し前まで非常識、と思われていた非伝統的金融政策は、深刻な景気後退やデフレ回避と言う目的に対して有効に機能し今や当たり前の政策となった。低成長とデフレが恒常化している先進国ではこれからは更に進化した非伝統的金融政策の導入を余儀なくされるだろう。銀行保有の現金への課税、ヘリコプターマネー(現金を直接家計に供給する金融政策)、中央銀行の株式などリスク資産の直接購入などが考えられる。切迫した時代(desperate age)においては命懸けの政策(desperate effort)が必要なのだ。」と主張している。

 

 

(3)  中央銀行が直面する新環境、何故非伝統的金融政策が必要なのか

 

潤沢な超過利潤の定着が金融困難の根本原因

中央銀行がかくも切迫した政策を打ち出さざるを得ないのは、世界の経済金融情勢が低成長とデフレ陥落の懸念を払しょくできないからである。故

に一連の展開は世界経済の困難化、危機進行に対する中央銀行の弥縫策ととらえられがちである。絶望的経済困難に対する向こう見ずの政策対応、と考えれば一連の中央銀行の非伝統的金融政策を、無謀な政策として批判することも理解できる。

 

しかし実態はそうではない。技術の発展と経済の進化により金融実態が変容を遂げ、その新しい環境にふさわしい制度と政策が模索されている、と言うものが正しい評価であろう。IT・AI革命とグローバリゼーションにより企業の超過利潤が恒常的に増加すると言う普通ではない歴史環境がその背景にある。企業による価値創造は活発なのに資本(創造された価値)が有効に活用されずに、いわゆる安全資産(現金・預金・国債)と言う非リスク資産(=ゼロリターン資産=将来キャッシュフローの無い資産)に滞留する傾向が年々強まっているのである。

 

現代金融の最大矛盾、利潤率と利子率のかい離拡大

その結果、本来同一であるはずの資本のリターンが、利潤率と利子率とにかい離し、両者のギャップが異常の長期にわたって定着、拡大している。この利潤率と利子率のかい離、r1>g>r2 (r1:利潤率、g:経済成長率、r2:利子率 )という不等式が定着した現実こそ、ここ10数年の世界金融情勢の最も本質的特徴である。トマ・ピケティ氏はr1>gつまり資本のリターンが経済成長より高いことに注目しそれが格差を引き起すと主張した。他方先進国の中央銀行は、g>r2つまり資本のリターンが限りなく低下しそれが経済成長を押し下げようとしている現実に直面している。本来同一であるはずの資本のリターンが利潤率r1と利子率r2に分かれ両者が限りなくかい離し続けているのである。米国においては、それは図表5に顕著であるが、特に図表6に見るように2004年ごろから定着した米国長期金利の低迷現象、つまり長期金利が名目経済成長の上昇や金融引き締め(=短期金利の引き上げ)に無反応化しているところに如実に表れている(いわゆるグリーンスパンの謎)。

 

 

 

 

教科書的な経済常態は、利潤率と利子率は連動すると考えられ、実際そうだった。景気拡大に伴い、企業の収益が向上する時には当然ながら金利は上がる。しかし、今起こっているのは、両者の極端な乖(かい)離である。企業は大儲けしているが、儲かったお金を再投資できなくて遊ばせ、金利が下がっている。利潤率は市場価格ベース(株式益回り=利益/株価)で見ても、簿価ベース(株主資本利益率(=ROE=利益/株主資本簿価)で見ても7%以上と高いのに、長期国債利回りは日本でマイナス、ドイツやフランスで0%台、米国でも1.8%台と異常に低い。図表7,8に日米の簿価ベースで見た利潤率(=ROE)と10年国債利回りの推移を示すが、両者の連動性が日本では2004年以降の業績回復場面以降、米国では2010年のリーマンショックからの業績回復過程以降完全に失われていることが明らかである。

 

 

また図表9には米国における時価ベースで見た利潤率(=益回り)と10年国債利回りの推移を示すが、2002年頃以降それまでほぼ同一の動きを示していた両者がどんどんとかい離していることが鮮明である。この時価ベースでの利潤率と利子率のかい離は株価上昇(→益回り低下)によって解消されていくシナリオがある。非伝統的金融緩和の一つの帰結はそれであろう。

 

 

QE、マイナス金利の本質は知恵のあるリスク資産への資本誘導

この状況は新たなIT・AI革命がもたらした生産性向上によって、企業が著しい超過利潤を獲得しているということから起こっている。マイクロソフト、アップル、グーグル、フェイスブック、アマゾンなどの高い収益は、知恵がもたらした超過利潤とも考えられる。AIなどの技術・機械を総動員してとてつもない人間生活の「快適さ」という価値に結び付ける知恵こそが富の源泉であり、それは企業活動そのものである。そしてその価値を体現するものこそ株式といえる。

 

このように考えると資本にも知恵のない資本と知恵のある資本の二通りがあることがわかる。現金預金国債といったいわゆる安全資産とは知恵のない資本でありリターンが限りなくゼロに近づくのはやむをえまい。しかし他方有能な経営者にけん引される企業の株式は知恵のある資本であるから、リターンは著しく高くなるのは当然である。しかしIT・AI革命がもたらした余剰資本が投資先がなく、リスクフリーの国債や預金に滞留し金利を引き下げているということは、企業部門で活発に創造された価値が、退蔵され資本として機能停止しているということであり、マネーの流通速度が極限まで低下すれば、体に血液が循環しない患者のごとく、ゾンビ化していく。低成長、デフレ陥落の危機がそのようなものであるとすれば、量的金融緩和やマイナスの金利などの非伝統的金融政策の新機軸を駆使して、資金を知恵のない資本(=安全資産=ゼロキャッシュフロー資産)から知恵のある資本(リスク資産=キャッシュフロー潤沢資産)へと追い立てることが求められる。非伝統的金融政策は有意義であると解釈できる。

 

 

(4) ことに日本が陥っている異形の国民金融資産配分を如何に正常化するか、株式への資金誘導の必然性

 

日本金融の二つの異常性、リターン格差と資産配分の偏り

日本は現代経済金融の最大矛盾である利潤率と利子率のかい離現象が最も極端であり、故に(またはその結果として)日本経済が最も深刻なデフレに陥ったことは、説明するまでもない。日本ではデフレの原因となり結果となって二つの金融異常性が極端なまでに進行した。二つの異常性とは①極端なリターン格差、②金融資産配分の極端な偏り、でありこれの是正が焦眉の政策課題になっている。日銀の非伝統的金融政策はこの二つの異常性是正の試みそのものである。第一の異常性金融資産リターン格差の異常な拡大は図表10を見れば明白であろう。

 

 

第二の異常性、国民金融資産配分の偏りは、図表11の日米比較を、図表12に日米欧比較を見れば明らかであろう。日本は2015年末で1741兆円の国民金融資産があり、その内年金保険の積み立て分510兆円を除く1231兆円が運用可能な資金である。その内75%の920兆円が現金・預金・国債など殆ど利息ゼロの安全資産に寝ている。他方株式保有は169兆円と14%、にすぎない。米国は70.3兆ドルの金融資産のうち保険年金準備金22.2兆ドルを除く48.1兆ドルが運用可能資産であり、そのうち安全資産、現金預金国債は12.9兆ドルと27%に過ぎない。それに対して株式は24兆ドルと50%に達している。日米の株式保有比率14%対50%、の違いは極端である。家計が持っている運用可能金融資産の配分として米国並みに、5割は安全の為に現金・預金・国債で、5割は株式へというシフトが実現すれば、920兆円の安全資産から300兆円の新規株式購入資金か発生し、株価は大きく押し上げられるだろう。そのような資金の株式資産への誘導が、遊んでいる余剰資金を有効に活用するもう一つのチャンネルである。株式市場への資金誘導を金融政策的にも制度的にも促進する政策が望まれる。昨年はGPIFの改革が行われ、GPIFの安全資産に偏ったポートフォリオを株式などのリスク資産に振り向けるという大きな方針転換が起こった。今年は簡保、郵貯などの巨額の国債を持っている機関投資家、そして個人など、株式への資金誘導が必要である。

 

日本の片肺家計所得

この二つの異常性が日本の家計所得にも大きな困難をもたらしている。アメリカは家計の可処分所得のうち、4分の3が労働所得で残り4分の1は利子や配当などの資産所得であるが、日本の場合はマイナス金利、人々は殆ど株を持っていないことによって資産所得はゼロに近く家計の所得のほぼ100%近くは労働所得、という大きなコントラストが存在している。アメリカ家計は労働者としてのポケットと資産所有者としてのポケットと二つあるので、賃金が上がったり、株価が上がったり、配当が増えたりすることで潤うことができる。しかし、日本の家計は、ポケットは労働賃金しかないので、賃金が上がらないと収入が増えず消費ができない。しかし日本の企業も儲かり配当しているわけであるから、日本の企業が獲得している所得を家計の収入につなげるためのチャンネルを増やしていくことが可能である。

 

企業の遊んでいる購買力を有効に活用するためのチャンネルを全開することが必要である。一つは購買力を賃金上昇によって労働者に転嫁すれば家計は消費を増やすことができ、それは十分とは言えなくても進行している。あと一つのチャンネルは企業の儲けが家計の収入に寄与する仕組みを作ること、株式保有を増加させ資産所得を増やせば日本の家計にあと一つの収入源が与えられる。安倍政権は明示的にそちらの方向を志向している。ゼロ金利、非伝統的金融政策はそうした政策体系の一環と考えるべきであろう。

 

 

 

 

 

 

会員登録はこちら

武者サロンでは会員向けに情報の配信・交流、勉強会等、別途サービスを展開します。会員登録は無料です。

スマートフォンサイト