2010年03月02日

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投資ストラテジーの焦点 第289号

日本のデフレ論 その3
日本デフレの経験と世界 ~需要創造が喫緊、消費が美徳not 貯蓄~

日本のデフレは日本固有のものである。ペナルティ円高の結果日本の労働賃金が国際水準から見て著しく割高となり、日本の賃金に強烈な下落圧力がかかり続けた。加えて日本の高成長を支えた3投入要素(資本、労働力、技術・市場)の優位性が消え、企業に大きな調整圧力がかかり賃金下落、デフレの遠因となった。 そうした要因は米国にはないので、米国が日本型のデフレに陥る可能性はない。しかし、日本型ではないデフレの可能性はどうだろうか。反グローバリストが主張する「新興国に雇用を奪われ米国は雇用悪化と格差拡大・新たな貧困を生む」という可能性である。確かに米国が獲得したグローバル要因による所得をすべて海外に漏出させれば、国内での雇用悪化、賃金下落、デフレ化の軌道に陥る可能性は理屈の上ではあり得る。 そこで米国経済の金融危機後の展開を検証したところ、その可能性は僅少であると判明した。米国企業に空前の余力が発生し、消費は大きく抑圧されているので、早晩雇用と消費に火が付く状況である。雇用増加のためには政策総動員体制をとる、という米国政治の特徴がそれを支えるだろう。 もっとも今回の金融危機が世界を恐慌の淵に追いやったことにより、世界経済の「需要不足のリスク」が顕在化した。グローバリゼーションと情報化革命によって、世界は空前の生産性上昇(=供給力の急増)の時代にある。世界経済の安定のためには需要創造が喫緊である。消費が主(美徳)なのであり貯蓄は従である。特に先進国は「過剰消費」を反省するのではなく、むしろ積極的に消費をし、生活水準を引き上げていくことが必要である。 目次 (1) 日本固有のデフレ要因、米国はデフレに陥らない (2) 米国企業に空前の余力、雇用と消費は回復前夜 (3) グローバル経済喫緊の課題「需要創造」「消費が美徳not貯蓄」

(1) 日本固有のデフレ要因、米国はデフレに陥らない

過度の通貨高による賃下げは米国では起こらない

日本のデフレは特殊であった。第一に、過度の通貨高が続き労働賃金が国際水準からみて著しく割高となり、賃金引き下げ=デフレ圧力がかかり続けた。そうした日本独特のデフレ環境は、米国には起きてこなかったし、起きるはずのないことである。確かに基軸通貨国である米国は自国通貨の価値を自由に操作でき、過度の通貨高を引き起こす可能性はある。 例えば1995年以降のルービン財務長官時代に人為的に強いドル政策をとり、海外からの資金調達(資金流入)を促進し、膨大な経常赤字を埋め合わせたばかりか、対外投資を増加させた、とコメントされることがある。事実、強いドルの下での米国への資金流入が活発化し、米国の豊かな消費と積極的対外投資を可能にした。しかし、人為的に通貨を釣り上げたという事実はなかったのではないか。人為的とは、購買力つまりインフレ格差を超えてのドル高を誘導したということであるが、その事実がないことは米国の相対物価が大きく変化して来なかったことから明らかである(図表1)。仮に人為的ドル高が続いたとすれば、(バラッサ・サムエルソン仮説に基づき)国際的に割高になった米国の賃金に下落圧力がかかる筈であったが、そうした事態は全く起きてこなかった。

日本デフレの背景にあった歴史要因

日本のデフレの原因として、超円高による労働賃金の割高化とともに、あと一つの歴史的要因を挙げておくべきかもしれない。それは日本の高度成長を可能にした3つの要素、①潤沢な資本投入、②低賃金労働力、③技術・市場への有利なアクセス、が変質したという事実である。1990年当時、日本企業は著しい競争力を備え、他国に脅威を与えていた。しかしその裏で、高競争力を支えてきた3つのアドバンテージが失われつつあったのである。 ①資本本投入、②労働力投入、③技術・市場の3つは成長に寄与する基本供給要素であるが、過去の高成長時には異常とも言えるほどの有利な条件下にあった。まず資本投入に関しては、日本のGDPに対するマネーサプライの比率(マーシャルのk)は一貫して上昇し続けてきた。土地本位制の金融制度の下で日本経済には際限のない資本の大量投入がビルトインされ、1980年代まではそれが経済成長を大きく押し上げた。しかし、1990年のバブル崩壊は、増大した資本規模に見合うリターンが出せないこと、つまり資本の生産性の低下、利子率の低下を顕在化させ、逆に過大資本投入が大きな制約要因になったことを浮き彫りにした。 労働力に関しても、今の中国で起こっていることが、高度成長期の日本でも起こっていた。つまり農業からの低賃金労働の供給である。戦後から1970年代まで日本は(農村部において)人口が増大する時代に入り、そのような人口の多くが、長期にわたって日本の安い工業労働力の源泉となった。

三要素の逆襲

また技術・市場アクセスという点では、日本は長年ただ乗りをしてきた観がある。冷戦構造の下でアメリカの技術へのアクセスや市場へのアクセスをやや特権的に享受し、非常に安いコストでキャッチアップできた、つまり、ただ乗りがあったと思われる。しかし、1980年代後半からこれがなくなり、「日本異質論」と超円高に見られるように、むしろ著しく不利な条件となった。日本の高成長を支えた三要素のすべてが、バブル崩壊以降、逆襲されてしまったのである。バブル崩壊後の日本経済の停滞は、過去の高度成長の特質がもたらした帰結であり、ある種避けがたかったとも言える。日本企業は3つの投入面での優位性を失ったわけであるから、競争力維持のためには、より厳しい労働コスト抑制を採らざるを得なかった。それが賃金下落⇒デフレの遠因になったと言えるのではないだろうか。

(2) 米国企業に空前の余力、雇用と消費は回復前夜

以上のように、1.過度の通貨高、2.日本に有利であった投入要素の変質(歴史的要因)、により1990年代以降、日本では労働生産性上昇の成果が国民生活の向上には結び付かなかったのである。それらはすぐれて日本固有の要因である故に、米国が日本と同じデフレ経済の軌道に入る蓋然性は低いと考えられる。

反グローバリゼーションの反動性

もっともだからと言って、米国が日本とは別の理由で、労働生産性上昇⇒雇用削減⇒労働需給緩和・賃金下落⇒デフレ、という軌道に入らないという保証はない、との反論はあり得るだろう。企業が労働生産性上昇の成果を海外に漏出させ、国内雇用と賃金が低下するというシナリオはあり得る。「新興国に雇用を奪われ米国は雇用悪化と格差拡大・新たな貧困を生む」という反グローバリゼーションの主張である。それは生産性上昇をもたらす原因そのものを拒否するという点で、機械導入が雇用を奪うとして、機械打ちこわしに走ったラッダイト運動(19世紀初頭)と同類の反動的側面を持っている。

J.A.ホブソンの提案

それはまたJ.A.ホブソンが1900年当時のイギリス国内での「企業家・金融家に偏った富の配分、消費力の悪分配」が余剰資本を形成させ、それがイギリスの帝国主義的対外膨張・侵略の契機になった、と主張した事実とも重なり合う。ただホブソンの場合には、「余剰所得が高賃金として労働者に流すか、租税として国に流すかされれば、その結果としてそれが蓄積される代わりに支出され消費を膨らませるのに役立ち、(対外膨張の誘因はなくなる)」(J.A.ホブソン「帝国主義論」岩波文庫)として、ケインズ流の解決策を提示している。まさしく現在の米国経済は、グローバリゼーションによる生産性上昇の成果が、①米国内の雇用減⇒消費減(反グローバリゼーションの主張)となるか、②米国内での雇用・消費増加(楽観論者の主張、ホブソンの提案)となるか、分かれ道に来ていると言える。

米国企業部門に空前の余力

そこで、①と②でどちらの可能性が高いのか、金融危機後の米国の経済情勢を概観してみよう。以下の分析の結果、私は②の可能性が高いという判断をしている。 現在の米国情勢の最大の特徴は、企業部門に空前の余力が発生しているということである。それは過去最低の労働分配率(図表5)、過去最高の企業部門の資金余剰(図表6)に如実に表れている。米国の雇用調整は世界で際立って迅速であり、ほぼ完了した。 2009年のGDPは米国-2.4%、と主要国中で最も落ち込みが小さかったのに、失業率の上昇幅(2008年2Q⇒2009年2Q)は4%( 5.3%⇒9.3%)と主要国中最大で、米国だけは生産減を上回る雇用削減が実施され、不況下でありながら労働生産性が上昇した。この結果、米国企業の労働分配率は2009年3Qに過去最低水準に低下した。不況期には人員稼働が低下し労働分配率が大きく上昇するのが普通であるのに、今回のリセッションでは、それが全く起きず、企業コストが異常なほど抑制されている。 更に設備調整と資金収支改善が顕著である。設備稼働率の急低下に押されて設備投資が激減し、経済成長が押し下げられた。設備投資対GDP比率は9.4%と過去最低水準まで低下した。しかし、不況下にありながら企業部門のキャッシュフローはほぼ横ばいと堅調であり、フリーキャッシュフロー(企業の資金余剰)は過去最大規模に膨れ上がっている。つまり企業部門の調整進展により企業利益が守られている事情は、新聞の「戦後最大の不況」というヘッドラインにはそぐわない、今回の不況の特異性を示している。

企業はこの余力をどこに向けるのか

企業に人員余剰はなくコストが抑制され、内部資金が潤沢であると言うことは、企業家に自信が戻りさえすれば雇用拡大や前向きの資金使用(新規設備投資・企業買収・自社株買い・配当増加)をジャンプ・スタートできる状況にあることを示している。企業部門の調整が完了し損益分岐点が大きく引き下げられたところで、米国製造業の新規受注が急回復している。2010年は生産と企業収益は大きく飛躍する可能性が高いと言える。米国企業業績のポジティブサプライズが予想される一方、企業部門の空前の資金余剰がM&A、自社株買い、増配となって株式市場に流入している。つまり業績と需給の両面からの株高環境が定着しているといえる。

米国の雇用と消費は増加するすう勢

また景気の本丸である米国消費は行き過ぎと言えるほど調整されている。自動車はピーク比半減のレベル、戸建住宅需要はピーク比4分の1のレベルに落ち込み、底入れした状態。また消費者心理の悲観度の逆関数である家計貯蓄率も2008年1Qの1.2%から2009年1Q3.7%の後4月4.9%、5月6.4%と上昇し、それ以降は6月4.9%、7月4.3%、8月3.4%、9月4.2%、10月4.1%、11月4.1%、12月4.2%、2010年1月3.3%と低下している。つまり、昨年5月でピークアウトした、と見られる。今後の鍵を握る消費者心理に関しても、①雇用減少がピークの1月の74万人から2009年12月には2万人となりほぼ終焉したこと、②株上昇、住宅価格底入れで、資産効果がプラスに転じてきたことから、持続的改善はほぼ確実であろう。ちなみに米国家計の純財産額は2007年2Qの66兆ドルをピークに2009年1Q48.5兆ドルまで減少したが、3Qは53.4兆ドルと6ヶ月で5兆ドルの増加となった。4Qまでにはさらに2兆ドル程度の増加があるだろう。2009年2Qから4Qまでの9ヵ月間で米国家計の純財産は7兆ドル、対GDP比50%ほどの増加となったのであるから、そのインパクトは軽視できない。 以上のように、企業部門の収益力・資本力が著しく高まり、他方で消費が大きく抑制されている状態は、いずれ雇用増・賃金上昇・金融収益増となって、家計所得を押し上げる可能性を示唆している。そもそも米国の最大の政策目標は雇用=家計所得の増加にあり、選挙の争点は常にそれである。いわば雇用のための政策総動員体制がとられることが米国政治の特徴であり、必要とあれば更なる政策手段が打ち出される、と考えられる。以上より、米国はデフレに陥らない、と結論づけられよう。

(3) グローバル経済の喫緊の課題
「需要創造」「消費が美徳not 貯蓄」

グローバリゼーションの恩恵

それにしても、何故米国企業部門はこれほどまでに堅調なのだろうか。それはグローバリゼーションと情報化革命の恩恵を享受しているため、と言う他はあるまい。しかし、このことは世界経済の新たな課題を浮上させる。

需要不足のリスク

今回の金融危機が世界を恐慌の淵に追いやったことにより、世界経済の「需要不足のリスク」が顕在化した。グローバリゼーションと情報化革命によって、世界は空前の生産性上昇(=供給力の急増)の時代にある。中国・インドなどの農民が近代工場労働者になることによる飛躍的生産性革命が進行している。現在の生産性革命の18~19世紀型の産業革命との相違点は、そのスピードである。産業革命時代の労働者はせいぜい蒸気機関程度の装備であったが、今日では電力、半導体などを駆使し数百倍の能力の機械装備を手にする。数十億人と言う壮大な人口の新興国が壮大なスピードで生産性を引き上げる、・・・・・この著しい供給力の増加にいかに「新規需要創造」を対応させるか、それができれば生活水準が飛躍的に向上し、できなければ過剰生産の壊滅的大不況に陥る、という二つの異なる展望が描かれることになる。

先進国の消費水準をいかに引き上げるか

それでは新規需要は新興国の内需成長だけで足りるであろうかと考えると、新興国の生産性上昇のスピードが速すぎるために、新興国の内需だけでは到底増加した供給力は吸収できない。先進国の「新規需要の創造」も同様に必須なのである。また新興国の生産性上昇が先進国の技術や資本の投入、市場の提供に助けられているのであるから、先進国にも「新規需要創造=生活水準の向上」の権利があるとも言える。グローバリゼーションの初め2004年から2007年まで、その「新規需要の創造」は一手に米国によって担われた。米国の過剰消費、バブル形成と言う行き過ぎはあったものの、それは必要なことであり、2008-2009年の世界大不況はそうした米国の「新規需要創造」装置が壊れたために起きたと考えられる。 であれば米国をはじめ先進国は「過剰消費」を反省するのではなく、むしろ積極的に消費をし、生活水準を引き上げていくことが必要なのである。先進国でもっと豊かな生活水準があり得るのだろうか、との疑問がある。それに対して私は、「ある、まだエンゲル係数がゼロになるには程遠い」と答えたい。生活水準を計るために、総支出を食べるための支出(労働)と食べること以外のより高度な支出(労働)に分類し、前者の割合を示すものがエンゲル係数である。例えば、原始の状態は獣もそうであるがエンゲル係数100%である。そして図表7に見るように新興国は30~50%、先進国は10~20%となっている。先進国といえどもまだ豊かになる余地はあると言える。 以上見てきたように、今年・来年、米国と世界がデフレに陥る可能性は僅少である。しかし、世界経済は常に「過剰供給力」のリスクにさらされていることは留意されるべきである。 <結論>グローバルデフレを回避するためには以下の政策の総動員が求められる。 1.新興国の高度消費社会化 2.先進国の新たな需要創造=新たな高度生活水準の創造 3.地球償却、地球再生産業の創造(→それはいわば「現代のピラミッド」建設) 4.緊急措置として必要なケインズ政策 ※「地球償却」に関しては投資ストラテジーの焦点276号「日本は地球償却に活路を開け」2008年7月を参照。

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