2010年11月30日

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投資ストラテジーの焦点 第291号

東アジアの地政学変化は日本経済復活のカギとなる
~なぜ地政学が円高デフレを終わらせるのか~

劇的に変化する東アジアの地政学環境

北朝鮮の韓国大延坪島爆撃によって朝鮮半島の緊張が一気に高まって いる。米国を協議の場に引きずり出すためと思われる突然の攻撃は、 北朝鮮の国際法を全く配慮しない異質性を際立たせた。国際社会から 完全に孤立し、経済的にも軍事的にも著しく非力な北朝鮮の冒険主義 は、中国の暗黙の支持が得られるという観測を前提としている。中国 が断固とした態度を示せば北朝鮮を封ずることは容易である。問題は 中国が北朝鮮の共産党専制体制の存続を中国自身の安全保障上不可欠 と認識していることである。次期最高指導者の地位を約束されている 習近平国家副主席は、北京で行われた朝鮮戦争60周年記念行事の講演 で「(あの戦争は)平和を守り侵略に立ち向かった正義の戦争」と述 べたと伝えられる(産経新聞10月28日)。北朝鮮が民主化されれば、朝 鮮族が多数在住する中国東北部は直ちに影響され、それは中国国内に ドミノ現象を引き起こしかねない。北朝鮮の体制存続は中国の体制存 続と不可分の関係にあることを考えると、朝鮮半島の問題は実は中国 問題であることが浮かび上がる。つまり今回の北朝鮮による爆撃事件 は、東アジアにおいて地政学不安の時代に入ったことを示す。「共産 党独裁体制対自由主義」の対抗である。それは形骸化していた日米同 盟の再構築を迫るものとなる。この東アジアにおける地政学の新時代 は日本経済にどのような影響を与えるのか、為替や投資に対する含意 は何か、を考えてみる。

劇的に変化する東アジアの地政学環境

北朝鮮の韓国大延坪島爆撃によって朝鮮半島の緊張が一気に高まって いる。米国を協議の場に引きずり出すためと思われる突然の攻撃は、 北朝鮮の国際法を全く配慮しない異質性を際立たせた。国際社会から 完全に孤立し、経済的にも軍事的にも著しく非力な北朝鮮の冒険主義 は、中国の暗黙の支持が得られるという観測を前提としている。中国 が断固とした態度を示せば北朝鮮を封ずることは容易である。問題は 中国が北朝鮮の共産党専制体制の存続を中国自身の安全保障上不可欠 と認識していることである。次期最高指導者の地位を約束されている 習近平国家副主席は、北京で行われた朝鮮戦争60周年記念行事の講演 で「(あの戦争は)平和を守り侵略に立ち向かった正義の戦争」と述 べたと伝えられる(産経新聞10月28日)。北朝鮮が民主化されれば、朝 鮮族が多数在住する中国東北部は直ちに影響され、それは中国国内に ドミノ現象を引き起こしかねない。北朝鮮の体制存続は中国の体制存 続と不可分の関係にあることを考えると、朝鮮半島の問題は実は中国 問題であることが浮かび上がる。つまり今回の北朝鮮による爆撃事件 は、東アジアにおいて地政学不安の時代に入ったことを示す。「共産 党独裁体制対自由主義」の対抗である。それは形骸化していた日米同 盟の再構築を迫るものとなる。この東アジアにおける地政学の新時代 は日本経済にどのような影響を与えるのか、為替や投資に対する含意 は何か、を考えてみる。

(1)地政学が近代日本の興亡を規定した

明治維新体制と日米同盟が日本の盛衰を支配した

経済は一定の期間は、経済の論理によって変動し成長する。しかしよ り長期の歴史を考えると、経済の興隆と衰退を決定してきたのはひと えに政治であり、ことに安全保障を柱とする国家戦略であった。この ことは明治以降の日本の歴史を振り返ると、一目瞭然である。1867年 から1930年代末までの60年間近代日本が世界史にも稀な驚くべき躍進 を遂げたのは、言うまでもなく明治維新による近代国家の樹立があっ たからである。1930年代後半から1940年代の経済大破局は、言うまで もなく第二次世界大戦により、近代日本が負けたからである。そして 1950年から1990年までの40年間、再度日本は奇跡の復興と大成長を遂 げた。戦後日本の経済躍進を支えたのは日米安保体制であった。1950 年の朝鮮戦争によって日本経済は経済拡大の好循環が与えられ、それ はバブルが弾けるまで続いた。

(2)1990年の地政学環境変化
 =日米安保の変質と日本経済の挫折

1990年に起きた日本の突然の麻痺

さて1990年以降日本経済は歴史上にも稀な長期の停滞に陥った。この 停滞は、戦後成熟した先進国が経験したものの中でも、際立っていた( 図表2)。長期デフレに陥り名目経済はほぼ20年間完全なゼロ成長であ った(図表3)。戦後の日本経済は1990年までの一本調子での著しい高成 長と1990年以降の成長を停止した20年に二分されるが、これほどのコ ントラストは、どのような経済論理を駆使してみても、分析困難なも のである。

1990年日米安保体制の変質

なぜ1990年に近代日本の4度目の転機が訪れたのかを理解するには、や はり政治の大きな枠組みが変化したという地政学的観点の導入が不可 欠である。1990年に起こったことは、日米安全保障条約の変質である 。1990年までの日米安保はまさに極東の防共の砦としての役割があっ た。日本はアジア前線における不沈空母として、政治・軍事・経済の 全てにおいて米国の世界戦略の要にあり、その様に育てられた。従っ て1990年のソ連・共産主義世界体制の崩壊により日米同盟の役割は、 一旦は終わった。それにもかかわらず日米同盟が存続し続けたが、そ の戦略的意義は大きく変質したと考えられる。1990年初頭、米国では 安保瓶のふた論が語られていた。なぜ米国は巨額のコストを払って日 本に駐留するのかという問いに対してその意義は日本封じ込めにある 、と説いたのである。世界第二位の経済強国となった日本が、再度軍 国化し対外膨張を始めないとも限らない。日本の核武装、軍事大国化 を抑制することがアメリカの軍事戦略上緊要だ、というのである。も ちろん1989年の天安門事件で刃を見せた共産党独裁国家中国の存在も あり極東の不安が消えたわけではなかったが、当時の中国は米国の世 界戦略にとっては取るに足らない相手であった。

米国の最大の脅威となった日本の産業競争力⇒日本封じ込めへ

このように存続するにはしたものの、日米安保の意義は政治・軍事面 では大いに希薄化した。しかし、経済となると話は全く変わってくる 。1980年代後半から日本経済脅威論がまきおこった。放置すれば日本 経済が米国経済・産業を衰退させるという危機感が米国を捉えた。実 際、民生用電気機械、半導体、コンピュータ、自動車などの基幹産業 において、米国企業は日本企業に負け続け、雇用にも深刻な影響が表 れていた。金融力を飛躍的に高めた日本企業による米国の買いあさり も起きた。そこで日本の経済躍進を食い止め米国の経済優位を維持す るというのは、米国の世界戦略にとっても最重要課題の一つとなった 。その論理は、日本経済は官僚支配・規制・系列・土地本位制金融な どの資本主義とは異質の要素により競争力を強めておりそれは不公正 である、日本の異質な部分を変えさせ日本企業を米国企業とおなじ土 俵で戦わせることが必要(レベリング・プレイングフィールド)という 「日本異質論」である。そして実際日本に膨大な圧力がかけられ、 1980年代後半以降日本の経済政策は米国対応に翻弄され続けた。そし て米国の要求を大いに受け入れた。日米安保瓶のふた論は米国の対日 経済戦略の遂行に当たって、大きな力となったのである。実際日本に は市場経済とは相いれない前近代的経済慣行が多く残っており、それ がかえって日本企業の対外競争力を高めていた。従って分析論として は「日本異質論」は正当な側面が大きかったが、それを活用した対日 圧力は覇権国家米国の経済利害の貫徹そのものであった。

(3)日本封じ込め体制は超円高により日本にデフレをもたらした

超円高が日本封じ込めの切り札となった

1990年以降20年間の「日本病」と形容される経済停滞はこの米国の経 済圧力によってもたらされた、と言える。日本を経済的に封じ込める プロセスにおいて、決定的だったのは、異常な円高であった。大幅黒 字国の日本の通貨が強くなるのは、変動相場制のもとでは当然である 。しかし日本の円高の場合、通貨の購買力から見て異常であった。普 通は各国通貨の変動は購買力平価(購買力で計測した通貨の実力)に比 べてプラス・マイナス30%が限度なのに、日本円の場合には一時2倍と いう異常な過大評価が与えられた(図表5参照)。それにより日本企業の コストは一気に国際水準に比べて2倍となり、日本の労働者の賃金も国 際水準からみて2倍となったために、企業は雇用削減、正規から臨時へ の雇用シフト、海外移転などを実施した。この結果企業にとっての単 位生産物あたりの労働コストは大きく低下し、なんとか競争力を維持 できた。しかし日本の労働賃金はその犠牲となり、長期にわたって緩 やかに低下し続け日本にデフレをもたらしたのである。 図表4は円ドルレートと購買力平価(円の実力)の推移だが、1970年代初 頭の購買力平価220円の時、実際の円ドルレートは360円であった。日 本企業は220円のコストで作ったものを輸出し360円稼げたわけである 。それが1990年代に入ると200円の購買力平価に対して円ドルレートは 100円以上の円高となった。日本企業が200円のコストで製造したもの を輸出しても100円しか稼げなくなり著しい逆ザヤとなったのである。 超円高が変わらない以上日本企業はコストを劇的に抑制し、購買力平 価を200円から100円に引き上げる以外生き延びる道はなかった。そし て日本企業は見事にそれを実現したが、それは労働賃金の引き下げ、 雇用環境の悪化と日本のデフレという大きな副作用を残したのである 。 この円高が単なる経済的現象でないのは、円高で強くなった日本の金 融力に大きな足かせがはめられていたことを見ても明らかである。19 世紀イギリスの繁栄のピーク、ビクトリア時代には、イギリスは強大 なポンド高を通じて世界の貴重な経済資源を買いあさり英国人の商機 を広げた。本来なら日本の場合も大幅な黒字を使って、世界経済に対 する支配力を強めることができたはずである。しかし実際には米国の 企業や不動産などの貴重資源を買うことができず、もっぱら金利の低 い米国短期国債の購入を続けざるを得なかった。不完全な円高であっ た。 2008年の世界金融危機以降、グローバルデフレシナリオに基づく投機 対象として円が著しく過大に評価されたが(図表6)、それも異常な円高 の継続により、人々の投資行動に強い円高バイアスがビルトインされ てきたためとも考えられる。

(4)2010年に訪れた地政学新時代

共産党専制国家中国の台頭

さて2010年に入り、再び日米安保条約を再評価する必要性が高まって いる。1990年代の「日本異質論」に代わっての「中国異質論」の台頭 である。中国は1980年代末の日本以上に、近い将来近隣破壊的強さを 持つことを恐れられている。現在中国のGDP(2009年、4.8兆ドル)はほ ぼ日本と同等、米国の3分の1であるが、このままいけば10年以内に米 国を凌駕する可能性が高い。名目成長率を米国5%、中国15%とすれば5 年後に米国1.27倍、中国2倍、仮に人民元が5割切上げられるとすれば 、ほぼ5年あまりで名目GDP規模は米国に肉薄することになる。外貨準 備はさらに増大し中国のバイングパワーが他を圧することは間違いな い。中国のそうしたプレゼンスは現在の問題ある市場主義、民主主義 、法治主義、財産権、知的所有権の状況からすると、世界のかく乱要 因になりかねず、覇権国米国が容認できるものではない。しかも中国 の強さは、日本以上に技術・資本・市場などを海外に依存した成長構 造に起因しており、それはフリーランチの側面が大きい。

対中圧力に日米同盟は緊要

中国を抑制し自己変革の圧力をかけ続けるためには、その隣国の日本 のプレゼンスの高まりがバランス上求められることである。長期経済 停滞により日本人が資本主義や市場経済に対する信頼を失い、漂流し 始めれば、東アジアは大きく不安定化する。ここは日本経済の浮上が 、覇権国米国にとっても緊要となってくる場面である。それはペナル ティーとしての異常な円高が再現する可能性手を一段と低くするもの である。図表7に見るように、1980年代半ばから2000年前後まで、世界 の貿易黒字を一手に集め、強大な競争力を誇ってきた日本のプレゼン スは大きく低下している。現在世界の経常黒字順位では日本は中国、 ドイツ、主要石油輸出国に追随する立場となっている。日本封じ込め を目的とした1990年以降の安保瓶のふた論の時代は終わりつつあると 言える。それは超円高を転換させる最も大きな力となる。

(5)過去20年日本が実施した恐るべきスリム化、コストダウン

過去20年世界で最もスリム化した国、日本

さて、この苦しい1990年以降の20年間に、日本の成長を可能にする二 つの条件が形成されたことは強調されるべきである。日本はペナルテ ィーとしての円高に見事に対応し二つの成果を獲得した。第一は空前 のコスト引き下げ、効率化、第二は企業のグローバル化、世界市民化 である(日本企業の国際化が進展し、日本企業は海外において大いに雇 用を増加させている)。特にコスト引き下げの成果がいかに大きかった のかは、1990年代初頭と今日とを比較してみればよくわかる。当時の 東京は世界最高の高物価都市であったが、その主因は、①極端な円高 により(ドルベースでの)人件費が異常に高くなったこと、②日本企業 の高コスト構造(経済全体では流通コストが高く個別企業では販売管理 費など間接費の負担が大きいこと)、③日本の規制・効率無視の企業慣 行、であった。従って円高を所与のものとすれば、当時の日本の正し い処方箋は、①労働生産性を引き上げて高賃金負担を吸収すること、 ②企業のリストラ・効率化と流通改革、③規制緩和と競争促進による 市場価格の引き下げ、の3つであった。当時政府もオピニオンリーダー もメディアもこぞって、上述の3点の実施を求めてきたのである。その 20年後の結果は見事であった。マクロの動きを示す日本の購買力平価 は一貫して上昇し、1990年代初頭の1ドル200円から2009年には1ドル 115円と、対ドルでほぼ2倍となった。品目別の動きを見ると、1993年 当時米国比で1.5~2倍以上であった公共料金の価格差は全くなくなっ た。航空運賃や地下鉄料金、電話通信料金は、むしろ日本の方が安く なった。2倍以上開いていた電力の価格差もほぼ無くなった。極端な物 価高であった食料品も、例えばビールでは2.5倍から1.2倍へと接近し てきた。ビックマックは日本の方が米国(ワシントンDC)よりも15%安く なっている。アパレルもユニクロなどの商品価格は米国よりも相当安 価となっている。図表8に主要国の過去40年間の労働効率とコスト推移 を示すが、1990年以降日本がいかに単位労働コストを抑制しスリム体 質を実現してきたかが明瞭であろう。 以上のような日本のスリム化、低コスト化の進展は、超円高の終焉と ともに、企業収益の急上昇、賃金上昇とデフレ終焉となって開花する 可能性が強い。

地政学は超円高の終焉を示唆する

このように長期にわたる日本経済繁栄のカギを握る地政学要因、東ア ジア情勢の変化と覇権国米国のパワーゲームの風は、20年ぶりに日本 にとって好都合の方向に吹き始めている。日本経済がデフレ、長期停 滞から本当に脱出するチャンスが巡ってきているのは明らかである。 日本はこのチャンスをものにできるだろうか。それは国民と政治の選 択にかかっている。鳩山政権の不誠実で混乱した対応にも米国が辛抱 強く付き合っているのは日米安保の意義を再確認しているからに他な らない。続く菅政権は安全保障政策の軸足を大きく是正していること に、希望を見出すことができる。 日本は数十年に一度の政治レジームの転換点に立っている。今歴史が 迫っている日米同盟の再構築は、近代日本が三度目の飛躍をする好機 となるかもしれない。

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