2014年06月10日

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投資ストラテジーの焦点 第296号

「失われた20年」ではなく「モデル転換の20年」
~過去最高企業利益の真因~

(1) 過去最高収益への回復

必要条件「モデル転換」、十分条件アベノミクス

2013年度の企業業績(税引き利益)は、2008年度の過去最高水準を超えた。ROEも過去ピーク水準をほぼ回復、収益力は完全に長期停滞を抜け出した。この一義的要因が円安転換にあることは言うまでもない。それをもって、外部環境頼みの一時的増益とシニカルにみる見方もある。しかしそれは一面的解釈である。確かにドル/円レートは83.1円から100.2円へ(+20.6%)、ユーロ/円レートは107.1円から134.4円へ(+25.5%)と増価したが、それだけでは過去最高利益はおぼつかなかったであろう。最大の理由は、日本企業がモデル転換に成功したことにある。日本企業のモデル転換とは、日本経済の価値創造のパターンの転換である。戦後一貫して続いてきた「失業の輸出」モデル(価値収奪モデル)から「雇用の輸出モデル」(価値提供モデル)への転換である。そうした転換は、世界最大のコスト削減、リストラと研究開発の継続、の寄与によって可能となった。モデル転換がなければ、日本企業と日本経済は長期衰退トレンドに入っていただろう。このミクロにおける価値創造のモデル転換は、日本経済復活にとって必須の必要条件であった。それがほぼ完了していたからこそ、アベノミクスというリフレ政策が十分条件として機能しているのである。最近の円高デフレ脱却と日本経済の回復を、「アベノミクスという政策の成果ではない、タイミングが良かった、そもそも回復の機が熟していたのだ」と評する見方があるが、それも半面の真実と言える。

 

 

(2)「失業の輸出」モデル、価格優位モデルの挫折

価値収奪、フランケンシュタインの日本

1990年までの日本企業のビジネスモデル(=日本の価値創造モデル)は完全に行き詰っていた。日本の絶大な競争力による集中豪雨的輸出に非難が高まった。日本企業のコスト引き下げ、シェア獲得の善意の努力は、世界のビジネス秩序の破壊者、まるでフランケンシュタインの如くに受け止められた。図表3に見るように、世界の不均衡はひとえに日本の巨額の経常黒字によってもたらされていた。知恵(世界秩序に対する価値観、軍事・政治力)はないけれども体力(競争力、経済力、貿易黒字)は世界最大、断トツというバランスを欠いた日本の存在は、危ういものであった。石原慎太郎氏は盛田昭夫氏との共著「NOと言える日本」で「日本の半導体チップがなければミサイルなど米国の国防技術精度は維持できず、軍事優位は保てない」等と主張した。確かに図表4に示すように1990年時点で世界半導体市場における日本のシェアは50%超え米国を凌駕、米国半導体は壊滅危機に瀕していた。湾岸戦争では知恵のない日本は体力に任せて世界最大の130億ドルもの費用貢献を実施、ただし平和憲法の制約のもとで軍事支援(boots on the ground、兵を派遣し血を流すこと)はできなかった。クウェートは各国への感謝の大広告を掲載したが、数十か国の感謝国の中に日本の名は無かった。

 

対日批判は著しい円高をもたらした。図表5は主要国通貨が購買力(PPP)からいかにかい離しているかのグラフだが、1985年から2000年までの15年間の円の異常なかい離が顕著である。近隣破壊的な競争力の強さは、異常な円高により日本経済と企業経営を著しい困難に陥れた。「企業努力の成果?競争力向上・世界シェア上昇?円高と貿易摩擦による利益の減少」という、努力が報われない困難な時代が続いた。

 

努力が報われない当時の日本の価値創造モデル

当時のソニー会長で経団連副会長の盛田昭夫氏は「日本的経営が危ない」(1992年)いう論文を文芸春秋に寄稿し、絶望的現実を吐露した。要点は以下のようなものである。『日本企業は国内で横並び一線の熾烈な競争を行っている。そこではシェア拡大が至上命令となり、そのためにまず低販売価格が設定され、その価格でやっていけるように適正な利益やコストが効率の犠牲となって削られている。効率の犠牲になっているものには、長時間労働、低労働分配率、低配当性向、部品メーカーへのしわ寄せ、地域社会への貢献の消極性、環境保護・省資源対策の不十分さなどがある。これに対して欧米企業は、製品の市場ごとの棲み分けが比較的明確であり、競争もそれほど激しくなく、販売価格には適正な利益や必要なコストが含まれている。欧米から見れば異質なやり方・経営理念をそのまま海外に適用し、世界市場で競争を続ける日本企業に対する欧米企業の我慢はもはや限界に近づいている。日本企業に求められているのは、欧米企業と整合性のあるルールの上でのフェアな競争であり、効率の犠牲となっている諸点を十分に考慮した価格設定である。ただしこれは理想であり、現在の状況でどこか一企業が抜本的改革をすれば、その企業はたちまち経営難に陥る。当面は企業が手を付けられるところから始めるべきである。例えば、従業員が連続休暇をとれるフレックス・ホリデー、学歴不問の採用制度、頻繁なモデルチェンジの見直しなどである。』

 

 

一見輸出比率低い、が価値創造は輸出が一手に担う

日本の輸出の対GDP比率はごく小さい故、「失業の輸出」という日本のビジネスモデルが見えにくくなっていた。図表6に見る日本の輸出比率は一貫して10~15%と他国に比し著しく低かった。また図表7に示す輸出主体の製造業の国内経済に占める割合は、1990年時点でも30%以下と低かった。しかし他方で、企業による価値創造は圧倒的に製造業によって担われ続けた。1990年時点で上場企業利益の半数は輸出で稼ぐ製造業。株式時価総額では輸出主体の製造業が半分の比重を占め続けた。当時の日本は「価値創造と需要創造のかい離」という根本的矛盾を抱え、その表れが巨額の経常黒字であったと言える。

 

 

(3) 「雇用輸出」モデル、品質優位・技術独占モデルへの転換完了

海外投資著増、モデル転換進展

1990年にピークに達した「失業の輸出のビジネスモデル」、「価格競争を挑むビジネスモデル」はここ20年間で大きく変わった。日本企業は国内を空洞化させつつも、工場の海外移転を進め、とうとう日本は世界最大の貿易黒字国から大幅な貿易赤字国となった(図表9参照)。

 

図表10に見るように日本の製造業の海外生産比率は30%以上に高まった。もっとも海外生産を売上高や付加価値ベースでみれば、(技術開発やマザー工場を展開する)日本でのコストが高いために依然として国内生産のほうが大きく見える。しかし雇用ベースでは圧倒的に海外が大きくなっていると推察される。経産省の「海外事業活動基本調査」では、アンケート回答企業だけでも海外雇用は2012年度で558万人(うち製造業436万人)となり、それは20年間で倍増している。主要製造企業では海外雇用者が日本国内を大きく上回る状況となっている。さらに海外現地法人の純利益は2012年度6.4兆円(2003年度は3.2兆円)と10年間で倍増している。

 

図表11は日銀の資金循環勘定による日本企業の海外投資残高推移であるが、ここ20年間の急増が分かる。過去20年間長期デフレで日本の名目GDPが全く成長しなかったのと同様、日本企業の総資産は20年間ほぼ横ばいであった。その中で現金とともに海外資産だけは急増し、総資産に占める海外比率は1990年の1.5%から2012年には6.3%へと上昇している。日本企業は海外生産で所得を稼ぐモデルに完全に転換したと言える。


困難な中、技術開発投資を継続

そうした中で日本企業の技術優位は基本的に維持された。図表12に主要国の研究開発費総額対GDP比の国際比較を示すが、日本は経済困難な中で、世界最高水準の技術開発投資を続けてきたことが分かる。既存商品、既存技術では、追い上げる韓国・台湾・中国にコスト面で対応できない。また日本を追いかけてきた韓国、台湾企業は今中国の追撃に直面している。そうした中、日本企業は主たるビジネス分野を脱競争の技術独占分野に移行させてきた。ハイテク商品ではあっても、テレビやパソコンなどコモディティー化したものは既に日本企業の担当分野ではない。日本企業はハイテク素材、ハイテク部品、ハイテク装置、ハイテクのマンマシンインタフェース技術、システム技術などに特化している。過去最高利益を稼ぎ出しているのは、そうした高技術製品群である。

 

 

1980~90年代の米国のモデル転換の成功例

なお、先進国におけるビジネスモデルの大転換は1980~90年代の米国での経験が参考になる。それまで大きな政府(ケインズ主義、修正資本主義体制)下の米国企業は、賃金・物価上昇の悪循環の下でインフレが進行し、企業の価値創造は停滞していた。そこに台頭してきた日本企業の挑戦を受け、競争力危機に瀕していった。1984年のヤングレポートなどの研究が、米国企業のリストラとビジネスネスモデル転換を迫った。レーガン大統領のレッセフェール政策の下で、米国企業は国内のリストラ(単位労働コスト抑制)、工場の海外移転、ハイテクへの産業シフトと独占市場の囲い込み(インテル、マイクロソフト等)により、新たな価値創造のモデルを確立した。この「価値創造モデルの転換」こそ、1990年代後半以降の世界唯一の超大国米国の覇権復活をもたらした真因である。筆者は「アメリカ、蘇生する資本主義」(1993年東洋経済新報社)を著わし、その事実をレポートした。現在の日本は「価値創造モデルの転換」という点で、1990年代初頭の米国を彷彿とさせる。

 

(4) 世界最高のスリム化を実現した日本企業、実質賃金切り下げでモデル転換を実現

犠牲を強いられた労働者・家計

20年間の長期経済停滞という困難な中での日本企業のビジネスモデルの転換、「雇用を輸出するモデル」、「品質優位・技術独占のビジネスモデル」への転換は賞賛に値する。しかしなぜそれが可能になったかと言えば、犠牲が労働者とサービス分野に転嫁され、企業がモデル転換投資を持続できたからである。「失われた20年」という経済困難は、犠牲を転嫁された労働者・家計とサービス産業の困難であったと言える。

 

図表13は主要先進国の単位労働コストの推移であるが、他国が上昇する中で、日本企業の単位労働コストは顕著に低下してきた。つまり、日本企業は世界最高のスリム化を実現してきたのである。そうして捻出した超過利潤が、円高とデフレにより販売価格が継続的に下落する中でも、モデル転換投資を可能にした。

 

生産性上げたのに報酬は下落

図表14は2000年以降の日本の物的生産性、付加価値生産性、雇用報酬の推移であるが、三者が大きくかい離してきたことが分かる。物的生産性は上昇した(つまり労働者の価値創造は増加した)のに、付加価値生産性(つまり企業が実現した名目所得)は減少した。その差額は円高とデフレによる販売価格下落であり、所得は購買者に移転したのである。雇用報酬はこの減少した付加価値生産性よりもさらに低下した。つまり労働分配率が引き下げられ、犠牲を強いられたのである。労働者は労働分配率を引き下げられたのみならず、実質賃金も低下し、生活水準の低下を余儀なくされた。極めて不当な境遇にあったと言える。しかし、その結果もたらされた企業の超過利潤が、「モデル転換」の原資となった。労働者の犠牲は無駄には費やされなかった。

 

 

図表15は1997年以前のデフレ前の日本と1997年にデフレに陥ってからの日本の生産性、賃金、物価の推移を示したものであるが、デフレの前と後とで分配構造が顕著に変化したことが分かる。1997年のデフレ陥落前の日本も、図表16に見る主要国も、賃金上昇 > 生産性上昇 > 物価上昇という関係が一般的である。ところが1997年以降デフレに陥った日本では、分配が逆転し生産性(上昇)> 物価(下落)> 賃金(下落)となった。労働者の犠牲が浮き彫りである。

 

 

モデル転換に役立った日本的ガバナンス

以上の事実は、通説とは異なる日本企業のガバナンスの肯定的側面をうかがわせる。確かに、閉鎖的で社内民主主義が損なわれている場合も多いだろう。また、株主に対する配分を軽視し、内輪(インナーサークル)を優先する傾向も大きいと考えられる。しかし、困難な過去20年間に、大半の企業が倒産することなく見事に「モデル転換」を果たしたことは、日本企業に特徴的なガバナンスが有効に機能した表れとも言えるのではないか。日本的ガバナンスが存在せず、企業が生産性に対する正当な労働報酬と配当など社外流出を増やし続けたなら、前述のモデル転換は到底不可能であっただろう。

 

一例として、富士フィルムとコダックの顕著な相違が注目される。かつて、バランスシート上に潤沢な資本・現金を蓄積しROEの最大化をしてこなかった富士フィルムは日本的財務経営、ガバナンスの問題児として海外の投資家から批判されてきた。しかし、中核製品の写真フィルムがデジタル化によって絶滅し、米国コダックが倒産する中で、富士フィルムは見事に業態転換を果たした。モデル転換の原資が日本的ガバナンスにより捻出できたからである。

 

 

(5) 日本「モデル転換」の収穫期に、企業更なる増益、賃上げ、増配、自社株買い

デフレ脱却はもはや確実である。企業は新しいモデルの創設により十分に利益を上げている。今やこれまでのようなモデル転換のコスト捻出、相次ぐ金融危機に対処する財務クッション(過剰な資本、過剰な現金・流動性)は不要である。今後は賃金と配当、自社株買いによる分配、社外流出に比重を置くことができる。実質賃金上昇により内需の本格拡大が見込まれる。円安とインフレにより、日本企業の販売単価には上昇の余地がある。内需拡大による数量効果、デフレ脱却による価格効果が相乗的に働き、それは更なる企業収益増加を誘導するだろう。 図表18に見るように日本企業の損益分岐点売上高は大きく低下している。今後の売り上げ増によりマージンの大幅な改善が期待できる。2014年度の企業の売上、利益見通しは著しく保守的と言えよう。アベノミクスの成功が革新されるにつれ、大幅な利益修正が見込まれる。

 

資本の株主還元、配当と自社株買いも活発になるだろう。海外企業に対して劣位にある日本企業のROEも顕著な改善が始まろう。典型的溜め込み型企業であったアマダの変化、「今後2年間の利益をすべて株主に配分する」との表明は象徴的である。アマダの株主配分優先、ROE重視経営への転換を可能にしたものは、すでに十分なビジネス基盤の確保(グローバル展開、技術製品開発の両面で)がなされたということである。それは多くの日本企業にも当てはまる。

日本株式の価値は大きく増大する局面に立ち至った。アベノミクスの現実を織り込む相場という以上に、「日本企業のビジネスモデル転換=長期企業収益増大」を織り込む時代に入りつつあると考えられる。投資資金の側ではGPIFの改革を嚆矢として、現金・預金・債券というリターンの低い資産からリスク資産への大移動が始まろうとしている。日本株式の空前の大相場が始まりつつあると主張したい。

 

 

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2010年2月25日発行の投資ストラテジーの焦点288号『日本のデフレ論その2 日本を強くした「失われた20年」』をご参考ください。
http://www.musha.co.jp/attachment/issues_288_20100225.pdf

 

 

 

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