2017年05月08日

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ストラテジーブレティン 第181号

日本株・ドル買い場到来、トランプ政権に円安を止める手段はない

(1) 市場は好景気・高収益・潤沢貯蓄・低金利環境を無視できない

 

新関: 武者リサーチはアベノミクス相場第二弾が始まったと主張していますが、そのスケールはどの程度が想定されますか?

 

武者:年末日経平均25,000円、来年末30,000円が視野に。ドル円レートは、年末125~130円、来年末130~135円が視野に。特に日本株式はドル円レートとの連動性が強く、大きなドル高環境が整っていることが最大の好材料。あとで詳しく述べるが、トランプ政権にドル高円安を止める手段はない、と考えられる。

 

新関:そのような強気相場展望の根拠を教えてください。

 

武者:最大の理由は世界的な3条件。1) 好景気・高収益、2) 低金利(=潤沢貯蓄)が続く上に、3) インフレリスクが小さいので各国の金融政策は依然として緩和的であること。行き場を失った投資資金は高騰を続ける株式に流入せざるを得ない。だが、伝説的ヘッジファンドマネジャー(例えばポール・チューダー氏やジョージ・ソロス氏、ジム・ロジャース氏、ビル・グロス氏)は、おしなべて極めて警戒的でリスクテイクに相当慎重と見られる。あたかもファンダメンタルズ1)~3)を信じることができず、買わない口実を探し、地政学リスクを槍玉に挙げている。しかし実際は、恐れられていたBrexit やトランプ当選は良い買い場であった。ポピュリストは当選すれば変身せざるを得ない。ギリシャのチプラス氏、トランプ氏は好例。どの候補者も当選した後は底流で進行する好リスクテイク環境を壊すような政策は打ち出せない。FRB批判をしていたトランプ氏が手のひらを返して低金利継続を求めたことはよい例である。フランス大統領でマクロン氏が当選し北朝鮮では武力衝突の可能性が低下したことで、市場はいよいよ、1) 好景気・高利潤、2) 低金利・潤沢資金、3) 市場フレンドリーの金融政策、というファンダメンタルズに注目せざるを得ないだろう。

 

新関:あたかもヘッジファンドで多数派を形成している悲観論者は、好調なファンダメンタルズをあえて無視しているようですね。

 

武者:そのとおり。世界同時好況は一層明確となるだろう。時代遅れの信念を捨てて、ファンダメンタルズに忠実になるべき。最大の鍵は米国景気拡大の持続性。FRBも言っているように、3月の景気指標の軟化は一過性のもの。1) 3月以降の米国景気指標の軟化(3月雇用増加数の鈍化、小売売上前月比低下、鉱工業生産指数製造業前月比低下、住宅着工前月比低下など)、2) 季節調整上の統計の癖により1四半期のGDP伸び率が0.7%と低下したこと、3) 帰属家賃の上昇率低下、通信やアパレルの影響で3月のCPIの伸びが鈍化(コアCPIは過去1年間の前年比2.2%から2.0%へ)、等はいずれも景気の転換というよりはノイズ、というのがエコノミストのコンセンサス。早晩立ち直っていくだろう。よって米国長期金利の2.6%~2.1%への低下急低下も一過性。昨年11月以来のトランプラリー(株高、金利上昇、ドル高)は再現され、一旦解消されたトランプトレードも再構築されるだろう。

 

新関:確かにIMFが世界経済見通しを上方修正するなど、楽観論が広がっています。しかし、懸念は全くないのですか?

 

武者:中国の金融引き締めで金融関連指標の悪化(株価下落、社債金利上昇、オーバーナイト金利上昇、企業破たんの増加)と鉄鉱石などの商品市況の低下が起きている。これは秋の党大会前のガス抜きとみられ深刻化はしないだろう。米国では銀行貸し出しが急低下している。投資意欲の後退と懸念する人がいるが、それは単に企業の資金調達の借り入れから債券発行へのシフトと考えるべきではないか。金利上昇に企業が対応している表れであり心配ない。米国企業は金利が低いうちに債券発行により低借り入れコストを固定化しようとしているのである。

 

(2) ドル円レートに揺さぶられる宿命の日本株

 

新関:4月末からの世界的株式反発局面では、今まで最も売られていた日本株式が高いパフォーマンスを維持していますね。その背景と持続性について教えてください。

 

武者: 日本株式は世界で最もボラティリティーが高いという特徴がある。今回の調整局面でも日本株式は世界主要市場の中では最も下落が大きかった。それは日本株式がとりわけ大きく振幅するドル円レートに連動しているからである。リスクオフ時には米国株安加えての円高となり日本株はより売られる。リスクオンの時には米株高に加えての円安により大きく上昇するという共振性である。投機家にとって日本株式は格好の鉄火場なのである。

 

その要因としては、

1) 日本株式取引が著しく外人投機家に依存していること➡外国人は保有3割、取引6~7割、投機取引9割と言われている。

2) 外国人の日本株投資のうち約2割が為替ヘッジをしているとみられるので、株高時にはヘッジの円売りが、株安時にはヘッジ外しの円買いが起き、為替変動を増幅すること➡時価総額580兆円×外人保有比率30%Xヘッジ比率20%=為替ヘッジポジション35兆円なので、株が5%下落すれば1.7兆円の円売り需要が発生し為替と株の共振作用を強める。

3) 日本の対外純資産は2.9兆ドル、純対外証券投資残高(対外証券投資残高-純対内投資残高)は0.89兆ドルと世界最大であり、日本投資家は巨額の対外証券投資を保有していること➡それがオンオフと変化することで為替変動が高まる、などが要因である。

 

この為替と株式の共振性という特徴は当分変わらないと考えられるので、日本株の見通しにあたってはドル円レートがどう動くかは極めて重要である。日本株式の3大決定要因は、1) 世界リスクテイク指標としての米国株価、2) 日本経済のファンダメンタルズ、3) ドル円レートなのである。よって今後世界的リスクオン、米国株高の環境になれば円安が進行し日本株式はより大きく上昇する可能性が高い。

 

(3) なぜトランプ政権の円高ドル安志向が挫折するのか

 

新関:日本株を考えるうえでやはり為替レートの見方は決定的に重要なのですね。そこで為替見通しに関して、今投資家が最も注意をするべき点は何ですか?

 

武者: 現在ドル円レートを考えるうえでのポイントは、唯一のドル安要因であるトランプ政権のドル安志向がほぼ挫折しつつある、ということであろう。強いファンダメンタルズを誇りたいのならドル高が整合的である、さらに貿易赤字を政治的手段(税制と非関税通商手段)によって減らそうとするなら、それもドル高要因である。トランプ政権がドル安を望むのは勝手だが、完全なフロート制が貫徹しているドル円レートにおいて、トランプ政権が円高・ドル安圧力をかけようにも手段がなくなっている、ということが本質である。市場がそのことを織り込み始めると予想外の円安が起きる可能性がある。

 

新関:ではまず初めに、武者リサーチが確信を持っているファンダメンタルズ面でのドル高要点について説明してください。

 

武者:ファンダメンタルズ面では、より成長率が高く利上げトレンドにある米ドルが、究極の金融緩和にある日本円より強いのは明白である。米ファンダメンタルズから考えて、これ以上の米国長期金利の低下は考えにくく、長期トレンドは直近2.1%をボトムとした上昇軌道であろう。CPIは中期的にもほぼ2%強で推移するとみられるので、実質金利は直近の0%をボトムに1%程度まで高まっていくとみられる。

 

他方、日本の物価は原油安と円高効果の一巡、国内賃金の高まりで上昇趨勢にある。日本経済研究センターのESPフォーキャストによると、エコノミストの物価見通し(生鮮食品を除くコア指数)平均値は、2016年度-0.24%に対して2017年度は+0.83%と、1%強の上昇が見込まれている。日本の長期金利は日銀により0%に固定されているので実質金利は昨年のプラス領域から-1%を超える大幅なマイナスまで低下していくと考えられる。日米金利差は実質においても名目においても大きく開いていく局面にある。

 

新関:ファンダメンタルズはいいとして、トランプ政権の円高圧力に対する懸念が市場では強いのですが、それは心配ないのでしょうか?

 

武者:基本的に心配する必要はない。ロス商務長官は5月4日、3月の米貿易赤字発表に際して「メキシコと日本に対する米国貿易赤字は持続不能のペースで拡大している。米国は膨張した貿易赤字にもはや耐えられない」との声明を発表した。最大の赤字国である中国に対する批判は、北朝鮮問題で協力を求めていることへの配慮から控え、メキシコと日本を名指しするという、これ見よがしの発表であったが、為替市場は全く反応せず、むしろその後円安が強まった。ロス氏の声明が、1)ランダムな変動の大きい月次統計を問題にしていること、2)米国優位のサービス貿易を含まない財のみの統計にのみ言及していること、3)最大赤字国中国を素通りしていること、など恣意性が強く、二国間交渉に入っている2国との取引(deal)を有利に運ぶための脅しであることを市場は見透かしているとみられる。

 

すでに国際為替市場、特にドル円レート市場は当局離れ、つまり米国政府、日本政府の意向を無視し始めているのではないだろうか。6年以上為替介入がなく完全フロート制に移行しているドル円市場においては、価格を決定するものは市場諸力(market forces)である。政府が為替に影響力を与えたいとすれば、1) 金融政策、2) 税制(関税、リパトリ減税等)、3) 非関税的通商障壁の創設しかないが、1) は先に見たように完全なるドル高環境、2) でドル安を図るためには関税引き下げやリパトリ減税の棚上げが必要だが、それはトランプ政権の政策とは背反する、3) で米国が米国の対日赤字を減らす圧力をかければそれはドル高要因になること、が論理的帰結である。つまりトランプ政権の政策体系は完全にドル高円安をもたらす政策であることを、市場が理解し始めた可能性がある。

 

新関:為替市場が米国当局から発せられる論理に合わないメッセージをノイズとして無視し始めたとすれば、今後のドル円レートを決めるのは何になるのでしょうか?

 

武者:そうなるとドル円レート決定の主役はミセスワタナベ、つまり日本の対外投資家ということになる。日米金利差は名目においても実質においても大きく拡大する方向は明確である。昨年後半の対外投資の制約要因となったドル調達コスト(ベーシススワップ取引におけるドルプレミアム)は大きく低下している。更に貯蓄が増加している日本国内では(株式・不動産を除いて)まともな投資リターンはなくなっている。ミセスワタナベが満を持して、対外投資活動を活発化させる時が刻一刻、迫っているのではないか。

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