2009年09月29日

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投資ストラテジーの焦点 第K283号

世界株価リーマンショック前に戻る、V字型回復の可能性強まる
~株、債券の急回復は「悲観論」の誤りを示唆~

世界的、歴史的株式とクレジット(社債やMBS、証券化商品)の急騰が続いている。この急騰は、昨年後半以降の市場暴落が「マイナスのバブル」によってもたらされたもので、今その大規模な是正が起きているという、大変重要な事実を明示している。(この事実はメディアや多くの専門家が無視している) 今回の危機は「米国の過剰債務、過剰消費と言う経済構造(ファンダメンタルズ)の欠陥に原因があり、景気対策や金融機関救済は非力で景気回復は望めない」と言う悲観論では到底説明できない。 金融危機の本質は未だ断定はできない。しかし、現時点でのより可能性の高い分析は金融システムの欠陥により極端な需給悪化が起きたということではないか。たとえば保険をかけたので元本は100%安全と安心していたのに、実は保険が無効だったことが発覚しパニックが起こった。金融工学を駆使したクレジット・デフォルト・スワップ(投資先が倒産しても元本が返ってくるという優れもの保険)では、想定倒産率が事前の予想を大きく上回ったために、それまでリスクを買ってくれていた保険会社などが一斉に売りに回った。全世界の金融市場から買い手がいなくなり、阿鼻叫喚の市場崩壊が起きた。ブラックマンデーがまさにそうであったが、それは経済実態とはほとんど関係がない資金需給の話なのである。 米国経済の力強く回復した後、再び今回の金融危機の原因究明が必要になってくるだろう。

(1) 「マイナスバブル」の是正は着実に進展

株、クレジット、史上最大級の急上昇

世界株価がリーマンショック前に戻った。2007年10月の過去ピーク62兆ドルからリーマンショック前44兆ドルまで低下した後2009年3月には26兆ドルへと、約6割の下落となったが、2009年9月28日現在43兆ドルとなり、6ヶ月間で65%と言う過去最大手級の急上昇となった。それに先立って大暴落をしていた米国社債価格やMBS(住宅ローン担保債券)が急回復を遂げ(ABX指数は過去3カ月で3割以上上昇・・・FT9.28)、金融危機の中枢にある米国大手金融機関の収益が急回復した。債券価格と株式価格の急回復により、金融機関の不良債権処理は大きく進展している。株価の暴落は資本時価を大きく損ない、レバレッジ倍率(総資産/資本時価)を著しく高め、更なる資産処分と価格下落の悪循環をもたらした。しかし、この株価回復は、資本復元によってレバレッジ倍率が引き下げられ、リスク資産投資の復活と資産価格上の好循環をもたらしている。 図表①:世界株式時価総額

金融機関と当局に大幅リターンが

金融機関はこれまで市場価格の暴落により巨額の資産評価損(mark down)を計上してきたが、 ここにきて大幅な評価益(mark up)計上が可能となっている。それ次第では2009年3Qの米国金融機関収益がポジティブサプライズをもたらす可能性がある。 市場回復はまた金融機関支援をした米国当局に損失どころか、リターンをもたらしている。FRBは2.1兆ドルの総資産に対して今年前半164億ドルの利益を挙げたがうち半分は金融支援支出(MBS、CP、米国国債購入など)からのものである。また米財務省も2488億ドルの金融安定化法支出(TARP)に対して上半期95億ドルの収益を、FDIC(連邦預金保険会社)は3860億ドルの債務保証に対して上半期93億ドルの利益を得た。米財務省の金融支援勘定(TARP)のリターンは取得した銀行株の値上がり益165億ドルを除外してもなお年率7%に達すると伝えられている(ウォールストリート・ジャーナル2009.9.2)。

図表②:リスクプレミアムとデフォルト率 図表③:米国のクレジットリスクプレミアム

(2) 大恐慌が回避された2つの要因、政策とグローバリゼーション

「悲観論」では説明つかない事態

以上は、昨年後半以降のクレジットと株価の世界的大暴落が「マイナスのバブル」であり、今その修正が起きているという、単純明快な事実を示している。それは今回の危機は「米国の過剰債務、過剰消費と言う経済構造(ファンダメンタルズ)の欠陥に原因があり、景気対策や金融機関救済は非力で景気回復は望めない」と言う悲観論では到底説明できない現実が浮き彫りになってきた。

果断な米国金融・財政政策がデフレ陥落を回避

大恐慌との二つの決定的相違点を認識する必要がある。政策とグローバル環境である。まず今回は政策が見事に負の悪循環を断ち切った。危機の根因が「貨幣への偏愛」にあると見たFRBは、徹底的したドル流動性供給と市場での資産買い支え(buyer of last resort)によってそれを否定した。同時に打ち出された、金融支援と需要創造という財政支出の二面作戦はデフレスパイラルへの転落を完全に遮断した。その最大の成果は、金融機関の収益回復と資本の早急な復元が果たされ、リスクキャピタルが提供され続けたということである。それは日本の「失われた10年」との決定的相違点でもある。

グローバリゼーションの恩恵

また1930年代は列強の世界分割が完了し、フロンティアが無くなり、世界は保護主義(=成長の原動力である国際分業の否定)に陥ったが、今回はグローバリゼーションで国際分業が一段と深化し、企業に二つの素晴らしい機会が提供され続けている。①新興国の豊かな国内需要、②新興国での著しい労働生産性向上とその果実の取り込み(先進国企業と消費者はチープレーバーギフトという超過利潤獲得)である。前回のレポート(投資ストラテジーの焦点282号『雇用減、信用減の下で回復は始まる ~米企業部門の調整進展でV字回復の可能性高まる』2009.8.21)で詳述した米国企業部門の健全性は、まさにグローバリゼーションの賜物と言える。

図表④:米国労働分配率 図表⑤:米国企業(非金融法人)のキャッシュフロー、設備投資、資金余剰推移

(3) 金融パニックはなぜ起きたのか (中間総括)

保険の幻想に裏切られた

以上のように世界経済はV字型回復の入り口にあり、世界繁栄の鍵であるグローバリゼーションも不変であることが、徐々に鮮明になってきた。それではなぜ100年に一度というほどの極端な金融パニックが起きたのだろうか。それは金融システムの欠陥により極端な需給悪化が起きたということではないか。例えば、保険をかけたので元本は100%安全と安心していたのに、実は保険が無効だったことが発覚しパニックが起こった。金融工学を駆使したクレジット・デフォルト・スワップ(投資先が倒産しても元本が返ってくるという優れもの保険)では、想定倒産率が事前の予想を大きく上回ったために、それまでリスクを買ってくれていた保険会社などが一斉に売りに回った。全世界の金融市場から買い手がいなくなり、阿鼻叫喚の市場崩壊が起きた。それは経済実態とはほとんど関係がない資金需給の話である。

21世紀の取り付けが起きた

バーナンキFRB議長が今回の危機を「19世紀型の古典的預金取り付けの変種」と性格づけた。(ワシントン・ポスト紙2009.5.28)過去2年間の金融市場の崩壊過程は、まさしく古典的取り付け騒ぎの再現であった。19世紀型の取り付け騒ぎとは、景気サイクルのピークにおいて、銀行の貸付先企業の破綻の噂が流布されることをきっかけに、預金者が預金を引き出しに殺到し、決済不能に陥った銀行が次々に破綻するというパニックの連鎖である。それは金本位制の廃止と、中央銀行によるセーフティー・ネット(最期の貸し手としての役割・制度)、預金保険制度の確立などによって、過去75年間、消滅していた。 その過去の出来事が今回、21世紀の証券化時代に再現したのである。現代は当時と異なり、貯蓄手段は預金だけではなく、MMFや社債などの証券である。また、金融機関は受け入れた預金をさらに貸し付けるより、証券投資として運用を重ねている。そうしたなかで突然、安全だと思われていた証券の瑕疵(かし)が発生し、人々がパニック的な証券売りという形で現金の引き出しに殺到したのである。

金融機関は即時清算なら即死するという事実

金融パニックの本質は、金融機関は資金不足に際して即時清算を求められれば、100%破綻するという性格を持っていることにある。どれほど健全な銀行であっても、そのビジネスは10%の自己資本に90%の債務を加えることで、100%の資産運用(貸付、証券保有など)を行なっている。そこでは、預金など短期で調達した資金を長期的運用対象に固定するところに、収益の源泉がある。もし、銀行が直ちに清算を求められたとしたら、現在、運用している資産を大きく割り引いて現金化せざるをえない。貸付なら3、4割、証券なら5、6割のディスカウントが通常であろう。その場合、銀行は直ちに債務超過に陥り、債務不履行となる。そうした銀行の即時清算を回避するための制度が、預金保険であり、中央銀行の最期の貸し手機能であった。不幸にも、今回の証券による取り付けにおいては、そうした既存のセーフティー・ネットがまったく働かなかった。従って、燎原(りょうげん)の火のごとく危機が広がったのである。しかも、全世界の金融が証券投資を通して完全に一体化しており、危機の破壊力、伝染の速度は、19世紀の取り付け騒ぎをはるかに上回るものであった。加えて時価会計の厳格な適用、高い自己資本比率を迫るBIS規制が即時清算のメンタリティを強め、金融パニックに拍車を掛けたのである。

極端な需給悪をもたらした市場バイアス

証券市場をパニックに陥れたもう一つの重要問題として、現代証券市場の特殊な需給構造を指摘しておく必要がある。金融工学を活用したサラリーマン投資家(短期リターンを追い求める機関投資家やヘッジファンド運用者)が市場の大半を占めたことにより、ボラテリティー(相場の不安定性)が著しく高まり、一方方向への行き過ぎが起きマーケットが荒くなっていると言うことである。金融工学の活用とは統計的な処理に基づき投資判断をするということだが、統計的な処理において可能性が小さいとして排除されるリスク(テールリスクと呼ぶ)が、実は大きな問題を引き起こすと言うことが分かってきた。最近の研究、例えば経済物理学などの研究では、新しいトレンドを決めるのは100の動きのうち5%だけであり、残りの95%の変化は、トレンドとは全く無関係なランダムウォークだという結論が出されている。したがって、大きなトレンドは、平均値から排除されてしまう変化(異常値)に内在しているということである。 ここから二つのパターンの投資ストラテジーが出てくる。1つは、平均的なランダムウォークを追いかける戦略、例えば10年間、株価は年間5%ずつ上がり続ける非常にステディーな構造が変わらない環境を想定した投資スタイルでこれはニッケル・ストラテジーと称

されている。ニッケルというのはアメリカの5セントコインで、毎日少しずつ稼ぐ、少しずつのトレーディングで利益を追求するパターンである。 しかし、10年間で5割上がったとしても、10年後には1日で半分になることがある。こそうした事態を想定する戦略がブラックスワン・ストラテジーである。ブラックスワンとは、アメリカのエコノミスト、ナシーム・ニコラス・タレブの造語である。南半球が発見されるまでの「白鳥は白だ」という常識が、実は南半球に黒い白鳥がいることが分かり、定義上間違いであることが明らかになった、と言う事実を引き合いに出したものである。つまりブラックスワン・ストラテジーとは定義上の明らかな間違いにフォーカスし、10年に一回起きる破局的事態を待ち伏せする投資戦略である。 さて、我々は一体どういう戦略をとれるだろうか。サラリーマン・ファンドマネジャーはすべてニッケル・ストラテジーを取らざるを得ない。ブラックスワンの待ち伏せストラテジーを採用したら、10年後に大変な大もうけができるかもしれないが、その前に成績が悪く解雇されてしまうからである。従って、すべての人が機関化し、ビジネス運用者となりそのような資金が市場を支配すると、市場は圧倒的にニッケル・ストラテジーにシフトする。ということは、5%の確率のブラックスワンが完全に無視されるということである。こうして、本当は100年に1回待ち伏せしたら大変なリターンが得られるような100分の1の確率のリターン(例えば大暴落)が、実は10年に1回の頻度で起きることになる。つまり、みんなニッケルのほうにベットしているわけであるから、当然リターンの倍率はブラックスワンのほうが高い。したがって、頭のいい人、長期資金の運用者はブラックスワンに賭ける。ジョージ・ソロスはその典型である。 市場の崩壊の過程で火に油を注いだのが、このような市場の世界における極端なバイアスの存在であった。人はこれを金融工学の問題と言うが、金融工学の問題ではなく、マーケットが機関投資家化、サラリーマン化したことにより長期的な視野だとか自己責任ではなしに、人の評価によってパフォーマンスを競わなければいけない時代に入ったことによる。つまり、誰もが、ニッケル投資戦略を採用せざるを得なくなり、10年に1度の落とし穴に対応したブラック・スワン戦略をとれる人が殆どいなくなる。ということで、10年に1度のことが起こったら、実は100年に1度の規模の大災害になる。これが2007年の年央から起こったサブプライム・クライシスの本質ではないか。

ブラックマンデーとの同質性

こうした類の市場の大暴落を実はわれわれは一度経験している。1987年のブラックマンデーである。ブラックマンデーの株価暴落は一日で508ドル、23%とそれこそ度肝を抜くパニック売りであった。しかし当時のFRB議長グリーンスパン氏の適切な対応により、危機は難なく沈静化し、景気は拡大を続け、2ヶ月で36%と言う暴落は2年で修復された。その後の調査報告書(当時の財務長官ブレディによる「ブレディ報告」)によると、このブラックマンデーを引き起こした張本人は、当時急速に導入された新技術投資手法「ボートフォリオインシュアランス」であった。「ボートフォリオインシュアランス」に基づくパッシブ運用においては、株価の暴落は自動的に次の売り指図を行うので、下落に歯止めがかからなくなっていたのである。

図表⑥:ブラックマンデー当時の米国株価とリーマン以降の比較

金融危機の本質は未だ解明途上

もちろん、上述の市場要因も、現時点での中間総括に過ぎない。世界経済が回復した後、改めて今回の危機の理論的、歴史的意味付けがなされるであろう。それまで我々は、過剰なセンセーショナリズムに陥ることなく、一つ一つの現実を直視し咀嚼する地道な努力が必要なのではないか。

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