2009年10月13日

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投資ストラテジーの焦点 第K284号

検証、グローバル経済の新段階と、待ったなしの日本企業再構築
~グローバル戦略に選択の余地はない~

世界同時不況のさなかにあっても中国を軸としたアジア高度成長の熱風は変わっていない。不況からの立ち上がり局面において中国経済の堅牢さが顕著になっている。またグローバリゼーションの推進役としての米国のリーダーシップも明確である。 日本は独りよがりのニヒリズム、停滞と成長諦観にひたっている場合ではない。1990年以降日本の名目経済規模はほぼ500兆円と20年間にわたって横ばいが続き、バブル崩壊後に成人した日本の若者には「ゼロ成長が常態」という意識がしみついている。今回の「100年に一度といわれる金融パニック」が起きたことで、この日本の名目ゼロ成長を世界が追いかける、というグローバルペシミズムが日本で跋扈している。しかし他方世界経済には金融危機が起こってもなお、グローバリゼーションの進展により、豊富なビジネスチャンスがあふれているという様相が鮮明になってきた。 グローバリゼーションはすべての企業の活動環境を劇的に変えつつある。(1)新興国の新たな市場、(2)チープレーバー活用による大幅なコスト引き下げ、(3)企業活動の舞台の広がりによる新成長戦略が可能に、等の新たな現実が発生したからである。従来内需型で成長隘路にあつた企業にも新天地が広がっている。 多くの日本企業は成長諦観を決め込むメディアや政治に足をとらわれることなく、グローバリゼーション下の成長戦略に乗り出しつつある。日本企業の品質に対する優位性は際立っており、購買力の向上により高級品志向を強める新興国市場での競争において、多大な優位点を持っている。 しかし今のところ国民のペシミズムと民主党の焦点の定まらない政策によって、日本の株式市場はネガティブなバイアスを受け、世界株式の回復から取り残されている。ペシミズムと政治の軌道修正によって、出遅れた日本株式の失地回復が2010年には期待できるのではないか。

(1)グローバリゼーションの進展の中で取り残される日本

金融危機後も世界成長は変わらない

金融危機で何が変わり、何が変らずに続いているのか、の見極めが必要である。100年に一度の金融パニックがなぜ起きたか、危機の本質は何なのか。「高成長時代の変わり目で世界経済が挫折と低成長の時代の入り口」と言う悲観論と、「単なる一時的ショックで成長も繁栄も大きくは変わらない」と言う楽観論がある。筆者は後者の可能性が高いと考えているが、今は観念論にとらわれずに目の前の現実を地道に検証する時である。

グローバリゼーションの第二段階に

第一に新たに広がるグローバリゼーションの可能性が見えてきた。アメリカ一極けん引の世界成長というグローバリゼーションの第一段階は終わったが、新興国の内需という新たな牽引車が登場し、複数のエンジンによる世界経済けん引という第二段階への展開が見えてきた。その中でも米国消費の回復はグローバリゼーションの発展にとって必須となっている。新興国だけが成長し、先進国が立ち止っているとすれば、それは保護貿易の世論を高め世界経済の一体化を阻害する。先進国の市民も生活水準が向上し続けることが必要である。先進国においては新規需要創造能力が求められる。米国はその天才であり、世界の人々があこがれる消費とライフスタイルを提供し続けるのではないか。米国は毎年300万人(1%)の人口増加が続き、ITなど広範な産業で競争力を持っている。先進国型消費モデルを提供し続ける可能性が高いと思われる。

米国主導の多極牽引

第二にはっきりしてきたことは米国の世界の核という役割が終わらないと言うことである。世界一体の景気回復は米国主導であると言ってよい。経済の指揮者としてのグローバル金融の役割(シュンペーターの説による)は不変であり、そのリーダーシップは依然米国が握っている。いち早く金融安定化を実現、米国金融機関は迅速に不良債権を処理し、新金融体制確立に向けて主導権を発揮している。第三に日本の政治家・オピニオンリーダーの自信喪失、が顕著になっている。論壇では金融危機批判が高じて、「反米・反グローバリズム、反市場主義」、つまり机上の反成長論の傾向が強まっているが、実業家は機敏にビジネスチャンスをかぎ取り前向き姿勢を強めている。両者のコントラストが鮮明である。チャンスと感じる事業家の嗅覚が正しいのではないか。他方では日本ではこのままでは取り残されるという危機感も乏しい。国際的通商交渉に当たっては、農産物の自由化問題に足を取られて、日本の消極姿勢が目立つ。アセアンなどとの間でFTA・EPAを締結し自由貿易圏を拡大している中国にも後れを取っている。急速な台中接近にも留意が必要である。

(2) 何故グローバルが必要か

発展のカギはグローバルに

今や国際分業の更なる発展の線上に成功の鍵は存在しており、米国・非米先進国・新興国・資源国それぞれの役割はおのずから決まっているのである。グローバリゼーションを拒否することはだれもできない。グローバリゼーションは3つの点で事業戦略の根底的再検討を求めるものではないか。その第一は、新たな新興国市場が急拡大していることである。世界資本主義の傘下にある人口は20年前の7億人から50億人へと急拡大した。中でも近年アジアの内需が急拡大している。アジア主要国のGDPはほぼ10兆ドルに達し、日本の2倍となった。一人当たり年間所得3000~5000ドルが大衆消費社会の入り口と言われるが、アジアでは年間所得5000ドル以上の人口が8.8億人に達したと今年の通商白書は報じている。この内中国は4.4億人となり高度工業化、大衆消費社会化の先頭を走っている。 [caption id="attachment_373" align="alignnone" width="515" caption="図表①:アジア世帯可処分所得5,000ドル以上(※)の家計人口推移"]図表①:アジア世帯可処分所得5,000ドル以上(※)の家計人口推移[/caption]

急膨張する新興国市場

中国は今や主要製品において世界最大の市場となっている。粗鋼生産高は年間6億トンペース、中国自動車販売は年率1000万台を超え、一時的とはいえ世界最大の米国市場を上回った。日本企業の主要なターゲットとなる富裕層も著しく増加している。日本の年間所得1000万円の富裕層は47百万世帯の12.8%、6百万世帯である。他方中国の年収12万元以上の富裕層は2005年180万世帯、2010年420万世帯、2015年720万世帯へと増加することが予想されている(マスターカードの調査)。購買力平価の差を6倍と考えれば、12万元は1000万円に相当するので、現時点で中国の富裕層の数は日本を凌駕しつつあることになる。その下の準富裕層はさらに激増している。

[caption id="attachment_374" align="alignnone" width="514" caption="図表②:日系製造業の中国現地法人の販売先"]図表②:日系製造業の中国現地法人の販売先[/caption] [caption id="attachment_366" align="alignnone" width="515" caption="図表③:日産自動車地域別販売台数"]図表③:日産自動車地域別販売台数[/caption] [caption id="attachment_367" align="alignnone" width="514" caption="図表④:日立建機地域別売上高"]図表④:日立建機地域別売上高[/caption]

日本メーカーの中には、中国での販売数量が日本国内販売を凌駕するところが現れ始めた(日産、コマツ、日立建機、富士テクニカなど)。実際中国進出企業の現地販売比率は2004年の53.5%から2007年は60.6%へと着実に増加している(2009年通商白書)。またインドの自動車市場で5割のシェアを誇るスズキのインドでの販売台数は2008年度には、日本の1.5倍に達したと伝えられている。

厚み増す中国内需

中国では成長に取り残されていた内陸部の離陸と都市化が急進展し始めた。世界不況の直撃を受けた沿岸部が停滞している中で、景気対策の恩恵もあり内陸部の成長率上昇が顕著である。一時社会問題と不安視された沿岸部からの帰郷農民工は、内陸部での雇用増でほとんど吸収されたといわれる。この内陸部に焦点を当てた販売戦略で資生堂やユニ・チャーム、ピジョンなど消費財メーカーが売り上げを伸ばしている。アジアの新興国市場は日本企業にとって生命線になりつつある。 国内市場の飽和化で成長機会を失っていた農機メーカーにもチャンスが訪れている。中国の農業従業者一人当たりの可耕面積は日本の7分の1と著しく高い労働集約度であり、穀物生産は日本の30倍なのに、トラクター保有台数は日本の半分、脱穀機保有台数は5分の1という低機械装備で、その結果中国の一人当たり農業生産性は日本の42分の1、米国の80分の1という状況は、巨大な潜在市場である。今後政府による農業補助金が大きく増加する趨勢にある。しかも稲作の機械化は欧米メーカーにはない技術であり、日本優位は動かない。この事情はアジア全体に当てはまることである。久保田やヤンマー、井関農機は輸出が急増しているが、現地生産能力の拡充も急いでいる。

チープレーバーによるコストの著減

第二に、グローバリゼーションは甚大なコスト削減を可能にしている。中国など新興国で著しく安価な労働力が活用できるようになったことによって、膨大な超過利潤機会が与えられている。筆者はこれをチープレーバー・ギフトと呼んでいるがその受益者は、①先進国多国籍企業、②先進国消費者、に止まらず、③新興国政府・企業、にも広く配分されている。夫々は超過利潤をいかに再投資し、持続的成長を形成するかに腐心している。なぜ中国の開発スピードはこれほど速いのだろうか。その最大の理由は中国の場合輸出依存度がほぼ40%と日本の高度成長期の13%程度と比し著しく高く、中国の企業や政府は上述の超過利潤の配分を受けているので、投資余力が甚大だから、と考えられる。 [caption id="attachment_368" align="alignnone" width="513" caption="図表⑤:ワーカー(一般工職)月額賃金比較(2009年)"]図表⑤:ワーカー(一般工職)月額賃金比較(2009年)[/caption]

脱国境で広がるアジアの産業集積

そうしたコストメリットを追求した新興国への生産移転は今や、すべての企業にとって大きな切り札となっている。また新興国でのコストメリットを取り逃がしては競争に勝てない時代である。海外立地の中身も単なる加工組み立てから、より加工度の高い生産へ、研究開発へと現地付加価値率が高まっている。通商白書によると中国加工貿易の現地付加価値倍率(輸出/輸入)は2004年の1.5倍から2008年には1.8倍まで上昇した。また製造、ソフト開発、設計と海外に生産移転する対象も拡大している。 例えば今や薄型テレビの基幹部分である液晶パネル生産や半導体などのハイテク分野で中国の生産集積が始まっている。中国は鉄鋼、自動車、繊維、設備製造、造船、電子情報、軽工業、石油化学、非鉄金属、物流の10大産業振興プロジェクト(2009年から2011年)を立ち上げ、産業と技術の高度化、規模の拡大を図っている。

さらに中国での生産からよりコストの安いベトナム、さらにはラオス、ミャンマーへと産業集積は広がりつつある。スズキ自動車はインドのマネサールに新工場を立ち上げ2011年の稼働後は、日本140万台、インド130万台とほぼ拮抗する計画である。また中国生産でコスト競争力を強めた船井電気は、北米のフィリップスの営業権を譲り受け、大手エレクトロニクスメーカーの一角に食い込んだ(北米での台数シェアは液晶テレビ4位、DVD1位)。 [caption id="attachment_369" align="alignnone" width="512" caption="図表⑥:中国の加工貿易の貿易額推移"]図表⑥:中国の加工貿易の貿易額推移[/caption]

グローバル経営モデル

第三のグローバリゼーションの衝撃は、すべての企業に新しい企業成長モデル創出を求めていることである。グローバル経済の一体化により、企業活動の舞台が世界全体に広がったために全ての企業がビジネスモデルの再構築を迫られている。どこを市場とするか、どこで製造するか、誰を雇うか、どこから資金を調達するか、何をコアコンピタンスとするか等、すべてのセットアップの再定義が必要である。すべての企業に新たなチャンスが生まれているが、その戦いで次の勝者と敗者が決まる。日本では「金融危機で日本の輸出依存の経済構造の欠陥が明らかになった。輸出依存の脱却と内需拡大か必要だ」という論者が多いが、今はグローバル展開に背を向けている場合ではないのである。 グローバル対応により新たな飛躍台に立ちつつある日本企業は、数多い。古い例では米国のファイアストーン買収により世界トップ企業に踊り出たブリジストンの例があるが、舞台をグローバルに広げることで、著しく企業のフロンティアが広がる。

ユニクロの狙い

グローバリゼーションを前提として、成熟産業の繊維において高成長ビジネスモデルを確立し、世界一を目指しているファーストリテーリング(ユニクロ)は絶好のモデルであろう。グローバリゼーションは世界的にチーププロデューサーを生み出した。そしてそうした製造業者を起点としたサプライチェーンを組織化するのは、かつてメーカー主導の系列化、やアパレルのような卸主導の系列化ではなく、今は小売り主導による直接取引、そのグローバルサプライチェーンが登場している。それは米国のGAPが創始したSPA(小売り製造業)というビジネスモデルであるが、ユニクロは、日本のこだわりを徹底させることで圧倒的競争力を築いた。日本の優れた技術と品質へのこだわり、海外での低コスト生産、グローバルマーケティング、の統合は、日本企業の将来の可能性を明示している。

(3)2008年以降の日本企業の国際戦略展開

増加するin-inの企業買収

ここで2008年以降の日本企業のグローバル展開を振り返ってみよう。第一にグローバル競争の中で時間を買う格好の手段としてのM&Aはどうであろうか。日本企業の企業買収は2008年まで急増したが、リーマンショック以来頓挫している状況、2009年1~7月は件数で前年比2割減、金額で4割減、特に昨年急増した対外企業買収が急減している。しかし国内企業相互の買収は倍増ペース。対外投資も金融危機が沈静化するとともに徐々に意欲が復活してきている。昨年来の買収を振り返ってみると、①In-outでは金融と内需型産業の海外企業買収が顕著である。JT、ドコモは国内事業による豊富なキャッシュフローを使って、M&Aによるグローバルプレーヤー化を目指し、その成果が表れ始めている。また金融分野でも野村がリーマンブラザーズの欧州アジア部門を、三菱UFJ銀行がモルガンスタンレーへの資本参加を、三井住友銀行はシティから日興シティグループ買収をと、日本が立ち遅れている投資銀行部門の企業買収がブームとなっている。また医薬品では大日本住友製薬による米国中堅医薬品会社セプラコールの買収、東芝WHに次ぎアレバも9.8WSJ。②In-inではグローバル競争に備えて規模の拡大に焦点を当てた企業統合が大きな流れになりつつある。今まで国内での圧倒的市場シェアに安住していた内需型産業においても、グローバル展開により一段の飛躍を狙う動きが鮮明である。規模の利益を求めてのキリン・サントリー、三菱化学・三菱レーヨン、Jpost・日通、ルネサス・NECエレクトロニクス半導体、損保ジャパンと日本興亜損害保険の合併、電池技術を目的とした松下による三洋買収、等が目白押しである。③Out-inでも日本の技術力、高品質を生み出す力に着目した動きが考えられるが、今のところ中国家電販売最大手の蘇寧電子によるラオックスへの資本参加程度である。 [caption id="attachment_370" align="alignnone" width="513" caption="図表⑦:日本の対外対内直接投資推移"]図表⑦:日本の対外対内直接投資推移[/caption]

新興国市場への進出

第二の顕著なグローバル展開は日本企業の新興国市場への進出である。そのプレーヤーは従来の輸出型企業から内需型企業へと変化している。例えば、コンビニ業界ではファミリーマートが店舗数で海外(韓国、台湾、タイ、中国などアジア主体)が国内を上回ったと発表した。また、上海ではコンビニ戦争といわれる日本企業相互の競争が展開されている。物流関連では ヤマトホールディングスが上海で宅配サービスの開始を決めた。また山九運輸はコンビニ向け定期配送を青島で始めた。世界最大のビール市場である中国においてサントリーは上海地区で高シェアを獲得し、アサヒビールは青島ビールに20%資本参加、キリンホールディングスは傘下の子会社や合弁を通じて低価格ビールを投入しているなど、ビール業界も活発である。これまでアジア市場開拓に先行しているユニ・チャームは2009年度150億円を投じ中国、インドネシア、インド、ロシア、に工場を一挙に建設し海外拠点を5割増の13か所とする。資生堂は中国市場の足がかりとして従来の百貨店に加えて2004年から専門店網を整備し、現在内陸部中心に3500店を設立、外資ナンバーワンの地位を確保している。

[caption id="attachment_371" align="alignnone" width="514" caption="図表⑧:ファミリーマート国別店舗数"]図表⑧:ファミリーマート国別店舗数[/caption]

新興国向けの商品開発

第三のグローバル対応として、新興国需要をターゲットとする低価格商品の開発(BOP・・・ボトム・オブ・ピラミッド)が打ち出され始めた。日本の厳しい消費者のし好に合わせ日本の電機・エレクトロニクス製品は高機能・高品質が極まり、コストパフォーマンスを重視する世界の標準からかけ離れてしまった。それが国際競争力を失わせ、海外市場では韓国、台湾などの後発メーカーに追い越されてしまった。現地の購買力に見合った価格と高品質との組み合わせをどう図るか、新興国向けの機能を絞った低価格の専用モデルの投入が相次いでいる。パナソニックは中国、ベトナム、ドイツに生活研究所を開設し、市場ニーズをくみ上げた地域密着型の製品開発に着手した。類似の動きは事務機、自動車、工作機械など多方面でみられる。新興国向け低価格品は、味の素などの食品や日用品各社も開発にしのぎを削っている。 このようにみていくと、日本企業は決して閉塞感にとらわれ縮み志向であるわけではないことがわかる。グローバル経済の躍動に積極的に合流し、飛躍のための新たなコミットメントを強めているのである。

(4)日本の優位⇒技術、品質、クオリティープレミアム、チームプレーと責任感

日本の品必優位は際立つ

グローバル競争の中で日本の強さと弱みがはっきりしてきた。最大の優位性は、高品質を生み出す力であろう。製造業の日本製品の品質に対する評価は明白であるが、それは非製造業においても共通していることが、徐々に明らかになってきた。むしろこれまで内需産業と見られ、国際競争の俎上に乗ってこなかった非製造業や消費財産業で品質優位で顕在化してくるのではないか。今後アジア中心に、新興国の所得が大きく上昇してくると、日本の品質に対する評価が差別化と高価格、つまりクオリティープレミアムをもたらすことになるのではないか。

見直される日本スタイル

Wii(任天堂)、SUICA(JR)、ヒートテック(ファーストリテーリング)などのヒット商品開発に見られるように、製造業、非製造業を問わず、日本人は人間中心のイノベーションが得意であるといわれる。日本のサービス品質に対する評価は、観光業などにも当てはまるのではないか。富裕化するアジア人特に個人観光ビザが解禁された中国人が大きく増加する趨勢にある。 日本スタイルを学ぶ海外企業の例も数多くみられるようになっている。例えばスターバックスは、トヨタ方式のかんばん方式を導入し、人員のリードタイムを圧縮することで生産性の上昇と人員削減に成功している。また、蘇寧電器によるラオックスへの資本参加の狙いはラオックスの日本的なきめの細かい売り場づくりを吸収することと説明している。

技術優位が活きる新ハイテク分野

日本製造業の技術・品質優位は、依然堅固であり、その中心はハイテク部品・素材・装置であろう。液晶テレビ、携帯電話、パソコンなどハイテク最終製品で日本勢劣勢であるが、より重要な要素技術の固まりである部品や素材においては、日本の優位は圧倒的である。太陽電池用シリコン・バックシート・ガラス、封止材、電気・ハイブリッド自動車向けリチウムイオン電池、半導体レジスト、モーター、電子部品などがその範疇に入る。昭和シェル石油が日立のプラズマパネル工場を買収し太陽電池に参入、第一期計画として1000億円を投じる。またトクヤマ、信越化学、SUMCO、新日本ソーラなどは相次いで太陽電池用シリコン増産に踏み出した。半導体から派生したハイテク素材、部品、装置の全てを一国内に集積しているのは日本だけであり、そのシナジー効果は大きな優位性である。 2009年は一時ドイツに首位を奪われた日本メーカーの太陽電池失地回復の年となるのではないか。太陽電池やリチウムイオン電池は技術発展の途上にあり製造プロセスの標準化が困難なために、半導体が陥ったような後発国の追い上げは当分おきず、日本の技術優位が維持される可能性は大きい。民主党政権の「2020年にCO2を25%削減」という目標は、企業家の投資ベクトルを揃え、大きなうねりをもたらす可能性がある。

環境、インフラ、商社の活躍も

また半導体とその派生技術などから生まれた環境関連でも日本は圧倒的な技術競争力を持っている。純水装置、海水淡水化用逆浸透膜、排水リサイクルシステムなどの水処理関連、風力発電のブレードに使われる炭素繊維なども日本の独壇場である。 日本は世界インフラ関連にも優位性をもっている。新幹線ではベトナムが日本製採用を決めた。電力ではクリーンエネルギーとして再注目を浴びる原子力発電で強い。 日本の独特の商社は日本固有の国際事業投資銀行モデルとして、グローバリゼーションの担い手となっている。失われた20年間ゼロ金利を活用してリスクキャピタルの提供を図り、成長基盤を固め、「日本株式会社の食料・エネルギー安全保障を確保するビジネスモデル」からの脱却進展が進展した。

(5)日本の劣位

アニマルスピリットの欠如

他方日本の弱点も明らかである。その最たるものは、極端な閉鎖性とチーム制の弊害であろう。日本板硝子はピルキントンを買収した後外国人の経営者を擁立したが、長く続かなかった。島国日本は所詮世界のヘッドクオーターにはなれないのかもしれない。その点では伊藤忠商事は繊維部門のヘッドクオーターを香港へ移管した動きは、先駆的かもしれない。日本企業の閉鎖性は中国での外資系企業人気ランキングにおいて、欧米企業や韓国企業に劣っており、その理由がマネージメント現地化の遅れと指摘されていることからもうかがえる(白書)。またアニマルスピリットの喪失、リスクキャピタルの不在も問題である。金融危機後(商社など一部の例外はあるが)、多くの日本個人投資家や企業が対外投資を減少させている故に円高になり、それが更なる対外リスクテイクを抑制させるという悪循環に陥っている。日本にはリスクを取って大海に漕ぎ出すアニマルスピリットが今ほど求められる時はない。さらに日本人の英語力の遅れ、が致命傷となりつつある。英語は単にコミュニケーションの問題ではなく、日本のintelligence レベルにかかわる。世界の最新・最高の情報と知見が英語で蓄積されている以上、そこから離れて適切な投資判断、事業判断などできない。 [caption id="attachment_377" align="alignnone" width="515" caption="図表⑨:中国における働きたい企業の国籍別ランキング"]図表⑨:中国における働きたい企業の国籍別ランキング[/caption]

情報戦争に敗れた日本半導体

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしと言われるが、なぜ1990年初頭、圧倒的な強さをほこった日本半導体メーカーが敗れたのか、考える時、日本のインテリジェンスの劣位を指摘しないわけにはいかない。1993年世界景気が回復に向かい、各国の半導体投資が急増し始めた時、日本の異常な情報空間はそれを感知できなかった。①それまでの勝利の奢り、②国際情勢に疎かったこと、③政策の誤り、④半導体企業内部での意思決定の誤り(合議主義、バランス経営・戦略的配分できず)、等が重なり、決定的な遅れをとってしまった。日本の共同開発組合(NTT 主導の研究開発体制の後遺症)による横並び主義の弊害もあったと思われる。要は最高のインテリジェンスを備えていなかったということではないか。

金融の不利性

その点で懸念されるのは日本の金融産業であろう。失われた20年間に日本の金融機関はグローバル化の足踏みを余儀なくされ、デフレにより収益機会とアニマルスピリットを奪われた。日本金融に特徴の、合議制・チームプレー・平等主義・日本語文化などはグローバル競争においては弱点となっている。世界金融の中枢を担うグローバルホールセールバンキングにおいては日本の席は危ういのではないか。

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