2016年04月07日

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ストラテジーブレティン 第158号

株式市場、年度初めの日本株独歩安をどうみるか

(1)  世界危機の懸念は沈静化、リスクテイク回復

 

新関:武者リサーチ代表の武者陵司に「株式市場、年度初めの日本株独歩安をどうみるか」の話を聞きます。宜しくお願いします。米国をはじめ世界株式は年初来高値に接近しています。そして中国発の世界金融危機は封じ込められたようですが、これらについてコメントをお願いします。

 

武者:1月、2月は世界の株式は大暴落となりました。中国発の国際金融危機がいよいよ起こるのではないかとジョージ・ソロス氏などは中国のハードランディングは不可避として人民元や香港ドル売りを仕掛けました。一気に中国発の危機モードが高まったのです。しかし、その様な危機モードは2月の半ば以降急激に沈静化し、世界主要国の株式は年初来の高値に戻っています。1割強下落したアメリカの株価も年初来の高値圏ですし、同時に売られた新興国の株式或いは新興国の通貨(ブラジルレアルやオーストラリアドル)なども大きくリバウンドして世界の金融市場全体としては危機モードが一旦沈静化したという状況です。2016年は世界経済は望ましい着実な拡大に入る可能性が強まってきたと思います。その一番大きな理由は世界の中心であるアメリカ経済がしっかりしていて、アメリカの消費が世界経済を牽引するということです。日本欧州も緩慢ながら消費は拡大し雇用も改善しています。他方で問題とされていた中国の危機が様々な手立てによって封じ込められそうだということも背景にあります。この様に世界全体としては望ましいリスクテイク環境に入ってきていると言えます。

 

(2)  日本株独歩安と円高進行

 

新関:そうした中で日本株式が独歩安となっています。まるで中国に代わって日本が国際投機筋の売り対象になっている感じがします。これについてもコメントをお願いします。

 

武者:今や中国の上海の株価は1月末の大底2655ポイントから3049へと14%リバウンドし、年初からの下落の3分2の値戻しが実現しています。こうした中でここ数週間、日本株の独歩安が顕著です。日本の日経平均株価は年初の18800円から2月11日ボトム時には14900円へと20%の暴落となり、その後のわずかな戻りもつかの間4月に入り更に急落して依然として年初来17%マイナスという低迷状態です。同時に急激に円高が進行しました。実際に円高の進行は日本の株式にとっては最大の悪材料です。黒田総裁が1月末にマイナス金利を導入した時は1ドル120円前後であったドル円相場が急激に円高シフトし、今や110円から113円のレンジ相場となっています。このような急激な円高が企業業績の大幅な悪化となる株安要因と捉えられて、日本株を売っていく口実になっています。特に4月1日に発表された日銀短観で大企業・製造業の経常利益見通しは、2016年度はマイナス1.9%と減益見通しとなっています。この業績見通しの前提として使われている平均為替レートは117円です。現在の為替水準が110円前後ですので、現在の為替水準より大幅な円安を想定しての減益見通しですから、仮にもっと円高となりますと企業の減益幅は大きくなるということで更に売りが加速している状況です。まるで円高と株安の鼬ごっこで円高株安が進行し、結局アベノミクスの成功は水泡に帰すという、かなり危機的な局面に向かっているという感じです。なぜここにきて円が急激に買われているかの背景として色々なことが憶測されていますが、

 

一つ挙げられているのは上海のG20でも世界の金融為替の安定が謳われ、その為には自国経済本位の通貨安政策を牽制するということが背景にありました。中国の人民元が最も大きなターゲットではあったのですが、同時に飛び火して日本の円も通貨安政策を導入しそうな対象であると言わんばかりのコメントが出されて円高観測に弾みをつけたことがあったと思います。しかし、今や世界の金融は安定し、あえてドル安円高を推進しなければいけないという局面は終わりつつある中で、尚且つ日本の円だけが上昇し、それがきっかけとなって株が売られる鼬ごっこの悪循環がここ数週間定着しています。

 

(3) 日本売り、円買いの論理

 

新関:この円高と株安の同時進行の理由は何なのでしょうか。

 

武者:やや断定的に言ってしまえば、日本売りが始まったという可能性があり得ると思います。日本売りと言うと極端ですが、日本売りの仕掛けがトライアル・アンド・エラーで始められた可能性があると思います。やはり円買いというのは日本売りの象徴です。日本が改革できずデフレが続けば円高になり、円高は更なる株価下落をもたらす悪循環を引き起こします。円買い円高は日本売りの象徴としての投資ポジションです。今やドル安政策が世界の金融安定の為に必要だということで、ドル安の結果円高になったというのが少し前までの観測でしたが、今起こっているのはドル安というよりは、円だけが日本売りという目的の為に買われると言わんばかりに投機的な円買いが起こり、それが原因となって日本株が売られるということが起こっています。なぜこのようなことが起こっているかというと、やはり日本の株式市場の特殊な構造にあると思います。日本の株式市場は実際の株式の保有額の3割を外国人が持っています。しかし、実際の取引に於いては6~7割は外国人です。従って世界の投資家が最も流動性が高く、短期売買によって利益を上げられるのは日本株式であります。日本株式はヘッジファンドが常に注目している非常に大きな収益の源泉であります。

 

アベノミクスの時には、日本株が上がるということで日本株を買う。しかし日本株を買って日本株が上がっても円安になれば得られた値上がり益が為替損で相殺されてしまうので、短期の投資家は同時に円を売ってヘッジしておくのです。そうすれば株式の値上がり益はまるまる手に入ります。アベノミクスの局面では投機筋は日本株買い円売りというポジションを取り、その結果円が安くなり更に日本株が上がるという好循環が起こっていたと思います。このような好循環はアベノミクスが失敗する可能性が出てきたということになりますと、今度は日本株を売ると同時に円の売りポジションを外す、或いは逆に日本株を売って日本株の値下がり益を取ろうとするときに円安になれば値下がり益が薄められてしまうので、円を買って値下がり益を予め確保します。つまり、日本株の売りと円買いというのは完全にペアになったポジションであるという可能性が濃厚です。

 

このようなことで今年年初来13週連続して外国人は日本株を売っているのですが、その売却ネット売り越し額は5兆円を超えています。わずか3ヶ月で5兆円。2013年のアベノミクスの最盛期に外国人が一年で15兆円買ったわけですが、たった3ヶ月で5兆円も売り越ししているので猛烈な日本株売りが起こったわけですが、それと同時に大幅な円買いが起こったのです。その背景をドイツ証券の外国為替営業部長大西氏は、以下のように推測しています。「2015年末に外国人は日本株式を185兆円保有していましたが、そのうちほぼ20%が為替ヘッジ付きの投資であったとみられます。つまり日本株投資に伴い外国人は37兆円の円売りポジションを保有していたわけです。しかし、株価が20%下落したことで投資元本は2割減り、円売りポジションも2割減らす必要がありました。ここでヘッジ解消の7兆円の円買い需要が発生したと考えられます。」つまり日本の株式というのは外国人のヘッジによる投資対象であるということによって、円と同時に変化する連動するという傾向が強くて、それがこの間の日本株売り円高の鼬ごっこの悪循環を引き起こしていると言えると思います。従って日本売りとなれば円を買い日本の株を売り、これが自己実現的に更に事態を悪化させるという心配が出てきたのです。少し前まで中国発の金融危機と言っていたのですが、それどころか日本そのものに危機の種があると言わんばかりの日本売りのポジションが積み上げられ始めていると言えると思います。

 

(4) 米国景気堅調、ドル安は続かない

 

新関:このドル下落円高はどこまで続くのでしょうか。

 

武者:日本株売り円高が続くことによって日本の経済はどんどん崩されてしまうかどうかというと、言うまでもなく中国のように本質的に危機に至らなければいけない要因は日本にはないわけです。従って、この日本株売り円高というトレンドは自ら限界はあると思います。一番大きな限界はやはりドルがしっかりしている、アメリカ経済がしっかりしているということです。ドルがしっかりしているということは際限のない円高シナリオはファンダメンタルズの面からみて根拠がないということです。日本の景気に比べるとアメリカの景気は遥に力強いのです。そのアメリカの景気はここしばらくむしろ力強さを増しています。失業率は5.0%と完全雇用に近い水準に低下していますし、毎月発表される新規雇用増加数は安定的に月20万人を超えています。賃金上昇率も年率で2%超に高まって、着実に雇用情勢が改善しているということは明らかです。それからアメリカ経済に於いて懸念であった製造業の景況感が急激に回復しつつあるということもあります。ドル高と中国の景気悪化もあり、製造業の景況感だけがアメリカの中で悪化していました。少し前まではISM製造業指数は好不況の分岐点である50のボーダーラインを下回っていましたが、直近は50以上にリバウンドするということが起こっています。このようにアメリカ経済が力強さを増しているということは、本質的にドルが強くなるファンダメンタルズを持っているということです。加えて中央銀行の姿勢も年に四回利上げがありそうだというのが今年の初めの観測であり、それが二回ぐらいに回数が引き下げられたわけですが、その理由はアメリカ国内に問題があるのでなく海外要因だというのが一般的な解釈です。利上げのペースは緩和するものの、やはり利上げという方向には変わりはないわけです。他方、日本の中央銀行の日銀は更なる金融緩和は必至であるとみられています。アメリカの景況感の堅調さ、改善が続く限りこのドル安円高基調というのは自ら限定的であり、110円からのオーバーシュートがあるかもしれませんが、その後リバウンドしていくという可能性が強いと思います。これは最もはっきり言える、際限のない悪循環がずっと続かないという理由です。

 

(5) 外国人の日本株投資が復活する理由

 

新関:カギとなる外国人の日本株買い復活には何が必要だと思いますか。

 

武者:先程、外国人が日本株を売ると同時に日本円を買うと話ましたが、外国人が日本株を買い始めれば円高が止まって円安への転換が見えてきます。外国人がいつどのような理由で日本株を再び買い始めるかがカギだと思います。それには日本にとって外国人に魅力的な経済や市場環境を準備するということが必要です。そのためには日本の景気が着実に改善し、デフレ脱却がより確かとなり、企業業績が増加するという一般的な景況感の改善が最も重要なことだと思います。実際にそれが起きるか起きないか、私はいくつかの観点から緩やかにそのような形になっていくと思います。

 

第一に円高株安の影響が心理にマイナスな影響を与えているということはありますが、それまで人々の心理を押さえつけていたのは、来年に予定されていた消費税増税です。これがあるので先行き暗いとみていたのです。しかし、これが棚上げにされるとなれば心理的には状況が大きく改善すると思います。

 

それから原油価格が大幅に下落し、この物価の下落は一般的にマイナス要因にみられていますが、その結果家計の購買力は実質ベースでみれば高まってくるのです。この高まった購買力は消費を支えることも起こり得ると思います。少ないとはいえ、賃金上昇も継続していくとなれば、実質購買力の増加が消費を支えるということも明らかになり、日本経済の底割れの可能性は少ないと思います。しかし、アベノミクスの賞味期限は終わった、日本はデフレに逆戻りする、従って日本株は売り続けられるべきだという、市場に芽生え始めた懐疑、そしてそこに付け入った投機筋の日本売りを止めるための政策のイニシアティブが非常に大きく求められる場面だと思います。

 

(6) 企業所得を需要創造につなげる政策、株式を活用せよ

 

新関:政策のカギというのはどういうことでしょうか。

 

武者:色々ありますが、私は端的に言うと二つだと思います。一つは長期に渡る改革です。人々の生活や働き方を変え、人々が安心して消費を増やせる環境を作るということです。雇用条件の整備、女性がより働きやすい労働環境、或いは子育て支援の整備などの様々な改革が必要です。

 

しかし、もう一つ重要なことは今そこにある需要創造政策です。日本の問題はかつての様に企業の稼ぐ力がなくなったからもう何もできないということではなく、企業は稼ぐ力は十分にあり、企業の中に潤沢な所得、言葉を変えれば購買力が寝ているわけです。企業の中に寝ている所得・購買力をいかに活性化することが大事です。その方法はいくつかあると思います。最も重要で手っ取り早いのは財政出動です。今や長期金利、10年国債の利回りもマイナスです。このマイナスの10年国債の利回りで政府が借金をすることで壮大な需要創造をすることができます。アメリカでも言われていますが、日本でもかなりのインフラの老朽化が進行しています。1990年代のバブル崩壊直後は相当の公共投資をして、無駄な建物や箱物や道路を造ったと言われています。それから20年経って政府の公共事業関係費はピークの1998年度の半分以下となり、同時にインフラの様々な施設は老朽化してリプレイスも必要な状況にきています。ここはピークほどでなくても半減した公共事業を大きく増やして老朽化した設備をもう一度建て直していくことが必要です。アベノミクスの一つの柱は財政政策ですから、それを活用する。これは金利が安い時にこそできることです。恐らく安倍政権は伊勢志摩サミット、そして7月の選挙を前にして財政政策の大きなスキームを打ち出してくる可能性が強いと思います。

 

第二のポイントは、企業の遊んでいる購買力を有効に活用するためのチャンネルを全開するということです。一つは購買力を賃金上昇によって労働者に転嫁すれば家計は消費を増やすことができます。そのような政策は十分とは言えなくても進行しています。もう一つは企業の儲けが家計の収入に寄与する仕組みを作るということです。ここで重要なことは、アメリカは家計の可処分所得のうち、4分の3は労働賃金で残り4分の1は利子や配当などの資産所得です。ところが日本の場合は、金利がマイナスであることや、人々は殆ど株を持っていないということによって資産所得はゼロに近く家計の所得のほぼ100%近くは労働賃金、労働所得なのです。アメリカ家計は労働者としてのポケットと資産所有者としてのポケットと二つあるので、賃金が上がったり、株価が上がったり、配当が増えたりすることで潤うことができるのです。しかし、日本の家計は、ポケットは労働賃金しかないので、賃金が上がらないと収入が増えず消費ができないのです。しかし日本の企業も儲かって配当しているわけですから、日本の企業が獲得している所得を家計の収入につなげるためのチャンネルを増やしていくことが可能です。

 

それはどうすればいいかというと、私は持続的な株高と国民金融資産の株式へのシフトだと思うのです。日本は2015年末で1741兆円の国民金融資産があります。その内年金保険の積み立て分510兆円を除く1231兆円が運用可能な資金です。その内75%の920兆円が現金・預金・国債など殆ど利息ゼロの安全資産と言われる資産に寝ているわけです。他方株式保有は169兆円と14%にすぎません。国民はお金をたっぷり持っているけど、資産所得はゼロに近いのです。しかし、このゼロリターンの資産のお金の一部を株に振り向ければ、それだけで2%のリターンが貰えるのですから、それは著しく大きな家計の収入構造の変化をもたらします。このような収入構造の変化は国民の金融資産の保有構造を変えるということによって実現するのです。家計が持っている運用可能金融資産の配分として米国並みに、5割は安全の為に現金・預金・国債で、5割は株式へというシフトが実現すれば、920兆円の安全資産から300兆円の新規株式購入資金か発生するのです。そしたら株価は押し上がります。そのような人々の資金の株式資産への誘導ということが、遊んでいる資金余剰を有効に活用するもう一つのチャンネルであります。株式市場への資金誘導を金融政策的にも制度的にも誘導する政策が望まれると思います。昨年はGPIFの改革が行われ、GPIFの極端に偏った安全資産から株式などのリスク資産に振り向けるという方向に大きな方針転換が起こりました。今年はGPIFの理事長も変わりました。恐らくGPIF、簡保、郵貯などの巨額の国債を持っている機関投資家、そして個人など、株式への資金誘導によって国民・家計の一つしかないポケットを二つに増やすということによって企業に遊んでいる購買力を経済の成長につなげていくことが必要です。なにが必要かというと、はっきりと株式への資金誘導政策を明示的に行うことが必要だと思います。その為には日銀は国債を買うだけでなく、もっと大規模な株式を直接購入する、場合によっては日銀が購入しやすいETFの組成を民間の金融機関に求めて、それを日銀が買うということする。それを10兆、20兆円の規模でやれば高々5兆円ぐらいの外国人売りによってマーケットが翻弄されるということは一掃されると思うのです。つまり今起こっている外国人の日本株売りの大きな原因は、最も重要な国民の財産である株式保有構造が極めて歪んでいることに原因があるわけです。そこを是正することがアベノミクスを成功させていく上で大きな重要な政策であると思います。

 

武者/新関:ありがとうございました。

 

 

 

 

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