2020年08月25日

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ストラテジーブレティン 第259号

ファーウェイへの「Death Sentence (FT)」、その意味するもの
~ハイテク市場で予想される地殻変動~

 

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日 時    2020年10月3日(土)13:30~17:00

進 行    紀尾井フォーラムより実況ライブ配信

     お申込みのお客様へYouTube URLを事前にお届けいたします。

参加費    無料(ご賛同いただける方は、義援金一口千円を当日の配信画面下に

             表示される銀行口座へお振込み下さい。)

登壇者    NITTOKU 代表取締役社長 近藤 進茂、ULVAC 代表取締役社長 岩下 節生、

             ヴィレッジキャピタル 髙松 一郎、英調査会社オムディア 南川 明、

             いちよし経済研究所 張谷 幸一、証券アナリスト 岩谷 渉平、水戸証券 若林 惠太、

     智剣・Oskarグループ 大川 智宏、ラジオNIKKEI 岸田 恵美子、

     武者リサーチ 武者 陵司(順不同、敬称略)

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8月に入り米国は相次いで苛烈な対中ハイテク企業バッシング政策を打ち出した。①ファーウェイに対する半導体供給完全遮断、②中国・中国共産党を国際インターネットから完全に排除するクリーンネットワーク構想の提起、③動画掲載アプリTikTokの米国事業禁止、である。いずれも7月23日のポンペオスピーチで表明された中国敵視戦略遂行のために打ち出されたものであり、これまでとはレベルの違う対応である。

 

米国は中国・中国共産党を敵と定めた以上、それを破る対中戦略を確立しているのではないか。そうだとすると、目的達成のためには、①経済交渉と制裁、②産業・資財供給封鎖、③金融封鎖、④Hot Warの4段階が考えられる。これまでの①の経済貿易戦争の交渉では埒が明かず短期的効果は望めない。よって②の産業・資財封鎖により打撃を与えようとしている。あたかも現代の石油である半導体供給遮断・ネットワーク遮断はそれが額面通り実施されるとすれば、甚大なダメージを中国に与えるのではないか。ファーウェイの破綻、BATの衰弱化などが起きた時、習近平政権はどう反応するだろうか。③金融封鎖、④Hot Warという手段に訴えるのは、②の効果が見えた後であろう。

 

(1)  ファーウェイへの Death Sentence (FT)

 

ファーウェイへの半導体全面禁輸

8月17日、米国商務省はファーウェイに対する苛烈な新政策を打ち出した。ファイナンシャルタイムズ (FT)紙はこれを、Death Sentence(死刑宣告)と形容している(8月22日)。米国のソフトウェア、テクノロジーを使用して開発または生産されたすべて(米国内生産、海外生産を問わず)の半導体・電子部品へのファーウェイによるアクセス(購買者として、中間業者として、エンドユーザーとして)を直ちに全面禁止するというもの(ライセンス取得が必要とは言っているが)。

 

5月15日に商務省は米国の製造装置や設計ソフトを使っている外国製半導体のファーウェイへの販売を禁止したが、それには軽減措置(米国製品の構成比が25%以下は対象外)や抜け道(迂回輸出)があり、猶予期間もあった。今回の措置は全ての製品に対して、迂回経路を遮断し、猶予期間無く即時に行うという激烈なものである。これまで避難手段と考えられてきた、例えばサムスン電子や台湾のメディアテックなどファーウェイにとっての代替的調達先からの購入、メモリなど汎用品の購入にも、米国政府の許可が必要になる(事実上禁止される)。

 

この措置がいかに唐突で苛烈なものであるかは、対中で政府と歩調を合わせてきた米国半導体協会(SIA)が「米国政府の突然のシフトに驚きと懸念を抱いている、センシティブでない製品の中国への販売は米国の経済力と安全保障にとって重要である」と表明したことから明らかである。ファーウェイは米国半導体企業にとって最大手のユーザーの一つである。それに配慮してファーウェイへの供給が、選択的に認められるとしても、それは限定的であろう。

 

ファーウェイの最先端通信機メーカーとしての命運、風前の灯火

半導体取得が絶たれれば、来年初めには6か月分と言われる半導体在庫が払底し、ファーウェイの売り上げの9割を占めるスマートフォンと通信基地局の生産は立ち往生する。また新規ビジネスとして注力中のクラウドサービスもサーバー、データセンターが半導体の塊であり(95%がインテルのCPUを搭載しているといわれる)中国国産の半導体では対応困難である。この窮地を抜け出す手はあるのか。米国の対応はさらに厳格化することはあっても、緩和することは考えられない。中国政府がファ―ウェイを支援するだろうが、それは中国国内ビジネスに限られよう。ファーウェイの世界最先端の通信機メーカーとしての命運は断たれつつあると言うべきかもしれない。

 

まずスマホビジネスについて。ファーウェイは2020年4~6月に世界スマホシェア20.2%とトップになったが、これは断末魔の輝きとも言うべきものだろう。すでに2019年にOSアンドロイドのアップデイトの制限とグーグルアプリの搭載が禁止されており、中国外での販売は大きく減少すると見られていた。これに半導体供給停止が加わるのだから、今後シェアの急減は避けられない。ちなみにファーウェイの2019年のスマホ世界出荷台数2.38億台のうち4割弱が海外出荷とされるので相当のダメージとなるだろう。

 

米国の力づくの5G基地局ファーウェイ排除

次に5G基地局ビジネスについて。これまで技術的に先行し価格も圧倒的に安いファーウェイが、次世代ネットワーク5Gのメインプレーヤーとなる、というのが世界の常識であった。しかし半導体調達困難から、ファーウェイの製品供給が維持できなくなると、ファーウェイを軸とした5Gネットワーク構築は根底から見直さざるを得なくなるだろう。米国からのファーウェイ排除という要請に抗っていたドイツメルケル政権も、路線転換を余儀なくされるだろう。

 

通信機市場に新たな空白が

従来は各国の通信企業ごとにコア基地局の仕様が異なり、メーカーは個別に対応せざるを得ず、実績が豊富で高シェアを持つファーウェイが有利であった。しかしファーウェイに代替する企業の参入を容易にするために米国国防省の呼びかけもありO-RAN(Open Radio Access Network)と呼ばれる汎用的規格が作られようとしており、新規のより小規模の企業の参入が可能になりつつある。いち早くファーウェイ排除を決めた英国はコア基地局でのシステム仕様をオープン化して5Gの代替サプライヤーの参入を求め、日本政府に協力を要請している。こうしてNTTドコモと後発のNECや富士通(世界シェア1%未満)にもチャンスが巡ってきたのである。

 

この情勢の急変に大半の関係企業は対応できていない。ファーウェイを5G基地局のサプライヤーと決めている多くの欧州通信業者はsuper painfulというのみで、ファーウェイ破綻という不測の事態に全く対応できていない(FT 8月22日)。しかし他方で、世界通信機市場(スマホと基地局)で圧倒的プレゼンスを誇ったファーウェイが衰退するとなるとそこに巨大な市場の空白が生まれ関連企業にとって大きなビジネスチャンスとなる。地政学が世界の産業地図を塗り替えていくことになると言えるだろう。

 

(2) クリーンネットワーク構想

 

あからさまな対中インターネット封鎖

米国務長官は8月5日、新たなプログラムClean Networkを発表した。Clean Networkプログラムは悪意のある攻撃者(中国及び中国共産党)から市民のプライバシーと企業の機密情報を守るという目的が明示され、中国・中国共産党をネットワークの各分野から排除することを意図している。究極的にはファーウェイのみならずOPPOなど中国のスマホメーカー、およびBAT(バイドゥ、アリババ、ティンセント)などのインターネットプラットフォーマー、中国の移動体通信企業などは全て国際インターネット空間から遮断されることになるかもしれない。中国国外でのアリペイ、ウィーチャットペイなどの電子決済もできなくなるだろう。

Clean Networkプログラムには、具体的には5つのカテゴリーが挙げられている。どれも各インターネット分野からの中国の追放を目的としている。

 

1)クリーンキャリア ⇒ 信頼できない中国の携帯電話会社(キャリア)が、米国の通信ネットワークに接続する事を禁止。

2)クリーンストア ⇒ 米国のアプリストア(Google PlayストアやApp Store等)から信頼できない中国製アプリケーションを排除。

3)クリーンアプリ ⇒ 信頼できない中国のスマートフォンメーカーがアメリカなどの信頼できるアプリをプリインストール(内臓)すること、あるいはダウンロードすることを禁止。

4)クリーンクラウド ⇒ アリババ、バイドゥ、ティンセントなどの中国企業が提供するクラウドサービスに米国のデータを保存することを禁止。

5)クリーンケーブル ⇒ グローバルインターネットに接続する海底ケーブルが、中国による超大規模な情報収集のために侵害・破壊されないようにする。

米国は同盟国や協力国の企業産業に呼びかけクリーンネットワーク(中国排除のグローバルネットシステム)を強化していくとしている。

 

(3) TikTok米国での事業禁止

 

現代のアヘンになる可能性

トランプ大統領は、欧米でも圧倒的人気の中国発の動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」が安全保障上の脅威になるとして、アプリを運営するハイテクユニコーン、バイトダンスに対し米企業への事業売却か、米国市場からの撤退を迫っている。買収にはマイクロソフト、オラクルが名乗りを上げている。この背景に何があるのか、日経編集委員西村博之氏はGlobal Economic Trend 「TikTokは危険なのか、代わるデータと国家の関係」(8月23日)の中で以下のように分析している。

 

「若者が歌や踊りを披露する娯楽アプリが、どう国民の安全を脅かすのか。そして米政府はなぜ、強硬な姿勢をとるのか。背景を探ると、何でもないデータを武器に変えうるデジタル技術の進化と、中国の台頭に危機感を抱く米国の姿が浮かび上がる。米中央情報局(CIA)はホワイトハウスの指示でティックトックを調査し、潜在的な危険は否定できないものの、今のところ中国の情報機関がデータを収集した事実はないとの結論に達したという(Is TikTok More of a Parenting Problem Than a Security Threat?)。」

「ティックトックが大量のデータを集めているのは事実だ。詳細な検証を行ったサイバーセキュリティー会社によると、アプリはスマホ内蔵のカメラやマイク、写真や音声データのほか、全地球測位システム(GPS)機能を使った位置情報、IPアドレス、ネット上の閲覧・検索履歴、ほかの利用者と交わしたメッセージにもアクセスできる。ところが驚くことに、こうしたデータ収集は「ほかのアプリとそう変わらない」という。高性能の携帯端末が普及した今、誰もが便利さと引き換えに知らず知らずのうち大量のデータをばらまいているのが現状なのだ(Understanding the information TikTok gathers and stores)。ユーザーの属性や閲覧履歴など無数のデータから趣向をつかんで自動的にコンテンツを推奨する抜群のアルゴリズムは、他のソーシャルメディアの追随を許さないほどアプリの中毒性を高めているという(For Whom the TikToks)。」

「これによりティックトックが強力な文化戦争の兵器になりうると見るのが、著名な歴史家のニール・ファーガソン氏だ。ティックトックは「アヘン戦争以降の屈辱の100年に対する報復であるのみならず、デジタル版のアヘンそのものだ」と指摘。「われわれの子どもたちが来る中国の支配を喜ぶよう地ならししている」と主張する(TikTok Is Inane. China's Imperial Ambition Is Not)。実際、中国は大量のデータ獲得とAIを自国に好ましい「国際世論」醸成の重要な手段と位置づけている。自国内で用いている「社会操作」のグローバル版だという(Engineering global consent)。」

 

またジャーナリスト福島香織氏はネットメディア現代ビジネスに寄稿した『習近平は知らない・・アメリカが真っ先にTikTokを狙った本当のワケ』(8/22)の中で次のように分析している。

 

「2019年12月、米国防省は初めて、軍部に対しTikTokに安全リスクがあると警告し今年1月から軍関係者の使用を禁止。7月に米上院国土安全保障・政府活動委員会で米連邦政府官僚のTikTokダウンロードの禁止を求める法案が可決された。」

「元ホワイトハウス国家安全保障委員会の官僚で、大西洋評議会デジタル・フォレンジック・リサーチラボ(DFRLab)のグラハム・ブルーキー主任はTikTokがもたらす米国の国家安全上の脅威を3つ挙げている。その3つとは、①中国政府にはTikTokからユーザーの個人情報提供を直接要請する能力がある、②ユーザーは個人情報をどのように利用されるか知るすべがない、③投稿内容に対し中国が検閲できる、である」

 

「思うに、価値観、イデオロギーの異なる米中の戦において、TikTokの世論誘導力も、情報漏洩以上に脅威なのではないか。たとえば、トランプ大統領のオクラホマ州タルサ集会(6月20日)に100万人の参加申し込みがありながら、実際は6000人ほどしか出席せず、トランプのメンツ丸つぶれとなる事件があったが、これはTikTokユーザーの「ステージ上でトランプを一人ぼっちにさせよう」と呼び掛ける動画が広がったことが一因として挙げられていた。」

 

(4) 米中覇権争いの現局面、中国経済封鎖

 

米中敵対の新段階、経済封鎖へ

以上みてきたように、7月23日のポンペオ国務長官の対中敵対宣言以降、米国の苛烈極まる政策が相次いで打ち出されている。米国は自ら進んで対中国敵対関係に入り、米国は中国共産党を敵と認定しその崩壊を狙う宣言通りのアクションである。8月になって打ち出された上述の3つのハイテク企業バッシング政策は、場当たり的なものではなく、十分に練られた遠大な対中敵対戦略の一環として打ち出されたものであろう。

 

米国が中国・中国共産党を破る対中戦略を確立しているとすれば、それには、①経済交渉と制裁、②産業・資財供給封鎖、③金融封鎖、④Hot War、の4つの段階があると考えられる。これまでの①の経済貿易戦争の交渉では埒が明かず短期的効果は望めない。よって②の産業・資財封鎖により打撃を与えようとしている。あたかも現代の石油である半導体供給遮断・ネットワーク遮断はそれが額面通り実施されるとすれば(されるだろう)、甚大なダメージを中国に与えるのではないか。ファーウェイの破綻、BATの衰弱化などが起きた時、習近平政権はどう反応するだろうか。③金融封鎖、④Hot Warという手段に訴えるのは、②の効果が見えた後であろう。

 

トランプ氏が言うように米国は対中関係を遮断することも、今や厭わない。関係遮断・封鎖となると中国の経済力は衰弱し壊死へと向かう可能性が高い。降伏か開戦かしか手段は残されなくなっていくだろう。1930年代末から1941年までの米国の対日対応を彷彿とさせるものがある。まずABCD包囲網・対日石油禁輸、最後にはドル資産の凍結による決済ネットワークからの排除、これらは経済制裁ではなく経済封鎖であり、事実上の相手国殲滅作戦であった。日本は開戦を余儀なくされた。ちなみにFTの中国死刑宣告の記事には、満身創痍のゼロ戦(?)が機上砲撃をしているイラストが描かれている。

 

(5) アップルはトロイの木馬になる深謀遠慮が

 

中国に商機を見出すアップルとテスラ

それにしても奇怪なのは米国政府によるアップル、テスラの扱いである。米中デカップリング、EPN(Economic Prosperity Network)による国際サプライチェーンからの中国排除を構想していながら、アップル、テスラの中国事業は何ら制限していない。バー司法長官は、6月のスピーチで、「アップルは米国政府に同社の携帯アクセスを拒否した一方で、中国政府にはアクセスを許してきた」、「アップルが中国で販売する携帯電話が中国政府に諜報されていないとでも思うか、もし諜報を排除できるならそもそも販売が認められるはずがない」と主張したのに、である。

 

アップルクックCEOはかつて「中国がテクノロジーに関する優れたエコシステムを持っているおかげで、技術ノウハウ、サプライヤー、労働力まで必要なだけ調達できる、それが可能なのは中国だけ」と述べ、中国尊重姿勢が顕著である。アップルは500万人以上の中国人を雇用しており、中国最大の雇用主という立場が、中国における販売プレゼンスを政治的に支えているという面は大きい。トランプ大統領の中国生産の他国へのシフト要請もあり、アップルとその受託生産会社である鴻海はインドでの生産を開始するなどの動きはあるが、他社に比べて動きはスローである。中国以外では厳しい品質基準になかなか達しないためと言われている。

 

今後中国のスマホ市場でグーグルによるOSやアプリの提供が抑制されていくと、中国市場でのアンドロイド系製品開発に遅れが出る可能性がある。その中でiOSを独占しているアップルの製品開発力が大きくものをいう時が来るかもしれない。

 

米中貿易戦争のさなかに上海工場を立ち上げたテスラも同様であるが、米中敵対関係にあっても優れたビジネスモデルは、その荒波を乗り越える力を持っている、と言えるのかもしれない。

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