2022年10月25日

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ストラテジーブレティン 第316号

円急落が「デフレ均衡」を瓦解させる

円安の嵐は、豊かな日本を呼び戻すトリガーになる可能性は高い。

  • 名目成長ゼロ・物価上昇率ゼロ・金利ゼロの頑強な安定(「デフレ均衡」)が続いたのは、日本からの資本漏出(=ビジネス機会の漏出)が続いていたからである。
  • 超円安は、日本経済に全く寄与しない形でため込まれていた巨額の対外資産の国内還流を引き起こし、日本に固く定着したゼロ・ゼロ・ゼロの「デフレ均衡」を瓦解させるトリガーになる、と考えられる。
  • 政策担当者の構想力が強く求められる局面である。 

(1) 失われた30年を強固にした「デフレ均衡」

 

デフレでなぜ長期安定がもたらされたのか

本来デフレは均衡しない。デフレとは資本が増殖を求めて価値形態が変態をすることを止め、貨幣のままでとどまることを強制するものである。よって必然的に大恐慌などのように経済収縮のスパイラルをもたらす、との考えが2000年頃までの経済学の常識であった。しかし日本では、「デフレ均衡」というデフレ下での強固な経済安定が長らく定着した。デフレ下でもマイルドな実質成長はあり、国民生活の破局は免れた。また日本では欧米のような成長に基づく格差拡大、中間層の落ちこぼれによる社会分断、ポピュリズムの台頭などの現象は顕著にはなっていない。そうしたことから成長を追求しなくてもよいではないか、という「下山の思想」「脱成長の定常社会」など、停滞肯定思想も蔓延してきた (注)

 

名目成長ゼロ・金利ゼロ・インフレゼロ、が何故定着したのか

この日本に定着した、名目成長ゼロ・物価上昇率ゼロ・金利ゼロの頑強な安定が、「デフレ均衡」の実態である、と考えられる。この頑強な「デフレ均衡」が、いま円の急落により崩れようとしているのではないか、というのが本レポートの趣旨である。

 

それにしても、世界全体が急速な技術発展と共に成長する中で、なぜ日本だけ中世の農耕社会のような停滞が強固に長く続いたのであろうか。日本においても2000年以降の世界成長をけん引したデジタルネット革命は浸透し、労働生産性ははっきりと上昇していた。またグローバリゼーションにより、海外の低賃金労働の活用という所得の源泉も欧米同様に存在していた。そうした時代背景の中で、なぜ日本にだけかくも強固な停滞の状況が続いたのだろうか。

 

(2) 「デフレ均衡」を固定化させた巨額の資本流出、企業の海外シフト

 

「デフレ均衡」下でも、生産性は上昇し利益は増加し、株価も上がった

よく見ると日本のすべてが停滞していたわけではなかった。一人当たり労働生産性は上昇していた。企業利益は顕著に増加した。株価も2013年以降は大きく上昇した。にもかかわらず、名目成長ゼロ・物価上昇率ゼロ・金利ゼロの頑強な安定が続いたのは、日本からの資本漏出(=ビジネス機会の漏出)が続いていたから、と大雑把に考えて間違いではないだろう。

 

図表1は企業における一人当たりの物的生産性、付加価値生産性、労働報酬の推移であるが、日本企業は世界的技術発展の恩恵を受け、物的生産性をそれなりに上昇させてきた。にもかかわらず、円高とデフレによる販売価格低下により、企業には生産性上昇の果実が残らず、付加価値生産性は横ばいであった。しかし労働報酬はそれ以上に抑制され、それによって企業利益が確保された、という関連が明白に見て取れる。

 

 

企業、銀行、機関投資家はこぞって貯蓄を海外投資に振り向けた

日本企業は円高と国内需要の蒸発という環境に対して、海外生産移転、海外事業拡大で対応した。海外投資を拡大し、海外所得依存を高め、増加した連結収益を海外に再投資することで、成長を続けることが出来た。他方、企業は国内投資を抑制し、財務レバレッジを低下させた(内部留保を拡大した)。

 

図表2は日米の名目GDPとGNI(GDP+海外所得)の推移であるが、GDP(国内での価値創造)は全く停滞していたが、それに海外所得を加えたGNIは米国ほどではないが成長していたことがわかる。

 

日本は大英帝国のような「金利生活国」になった

日本企業は最初は円高に対応して、そして後には需要成長を求めて海外ビジネスを急拡大させてきた。その結果日本は貿易で稼ぐ国から海外投資で稼ぐ国に変わったことは、図表3の日本の経常収支の内訳推移をみれば明瞭である。この海外投資収益依存の所得構成が極めて特異であることは、図表4の各国比較から明らかである。日本以外の全ての経常黒字国は、貿易で稼いでいるのである。 

 

 

この海外投資の急増は図表5に顕著に表れている。企業の海外投資残高は2003年の22兆円から急増し2021年には172兆円へと、増加した。停滞日本の下でも企業所得は増加し資本の蓄積は続いたが、それは高いリターンを求めて海外に流出したのである。

 

日本金融機関もまた海外への投融資を激増させた。図表6は主要国の対外投融資残高の推移をみたものであるが、リーマンショック以降日本の銀行の対外投融資は2009年第1四半期末の2兆ドルから2022年第1四半期末には5兆ドルへと増加した。10年余りでの3兆ドル(400兆円)という突出した増加により日本の銀行は海外収益基盤を確保したが、それは巨額の国富が海外に漏出したとも言えた。もっとも日本の銀行は同時に外貨建て負債を増加させ、ドル資金の短期調達、長期貸しポジションを高めてきたので、対外投融資増加が全て国内からの資金漏出ではない。

 

 

資本流出は日本企業による海外企業買収、日本の投資家による外貨資産運用などによっても、加速した。

 

 

その一例はGPIFによる外国株式、外国債券投資の急増に見られる。2009年まで15%程度に過ぎなかった外国証券の比率は2021年には50%に達した。このGPIFのポートフォリオの多様化、海外証券投資シフトにゆうちょ銀行をはじめ多くの機関投資家が追随した。

 

 

「デフレ均衡」=技術進歩と生産性向上の果実の海外漏出

以上のように日本には技術革新と生産性上昇の成果が残らず、海外に漏出するという形の均衡状態が20年余りにわたって続いたのである。その結果、日本は国内の停滞とは裏腹に海外投資を積み上げ、突出する世界最大の対外純資産国となった。いわば大英帝国と同様、「海外資産による金利生活国」となったのである。

 

  

(3) 超円安で日本からの資本漏出停止、「デフレ均衡」が瓦解する

 

国内設備投資が過去最高の伸びに

この恒常的資本流出のメカニズムが、円急落により終わりを迎えるかもしれない。第一に企業投資の重点が、海外から国内へとシフトしつつある。円安により世界の需要が圧倒的低物価国日本へとシフトし、国内での設備投資が急増し始めている。9月の日銀短観の2022年度の設備投資計画は、全産業16.4%、製造業21.2%と過去最高の伸びとなった。総額1兆円に達するTSMCの熊本工場建設も動き始めた。TSMCは更に、より先端の第二工場建設の意向を持っているとWSJ紙は伝えている(10/19付「台湾TSMC、日本で生産増強検討 地政学リスク低減」)。その他、スバル大泉工場でのEV生産棟60年振りの新設、ルネサスエレクトロニクスの甲府パワー半導体工場再稼働、SUMCOの伊万里新工場建設、住友金属鉱山のニッケル電極材の新居浜新工場建設、アイリスオーヤマの中国での収納用品を中心としたプラスチック製品生産の一部国内移管、京セラの鹿児島川内工場半導体パッケージ用新棟建設、ダイキン工業の中国依存のサプライチェーン国内移管、キャノンの宇都宮での露光装置工場21年振りの新設、安川電機の基幹部品生産の国内回帰と福岡行橋工場建設、富士フィルムのバイオ医薬品受託生産富山工場建設、など数100億円規模の投資プランが続々と動き始めている。今後、円安定着がはっきりするにつれて国内への工場回帰が強まり、投資の伸びは更に高まるに違いない。特に中国生産依存体制は、米中対立と中国習独裁体制の強化によって、危険度が急速に高まってきた。

 

 

海外資産リスクに立ちすくむ機関投資家

また海外資産をポートフォリオの中核に据えてきた、金融機関、機関投資家は海外投資のリスクに立ち往生している。海外の金利急上昇(=債券安)、株安に加えて円が急落しており、外貨資産投資の不確実性が高まっている。海外へのポートフォリオ投資は大きく減っていくのではないか。他方米国、英国等海外では不動産・住宅価格が急落していることとは裏腹に、グローバル投資家の日本不動産投資が活発である。日本の不動産の割安さを看過できなくなったためである。日本の資産価格の割安さは日本株式においてはより顕著であり、日本人の海外証券投資の減少が見込まれる一方、外国人投資家の日本株投資が増加していくと見られる。

 

脱中国サプライチェーン構築で日本投資加速

IMFは2023年の成長見通しを10月時点で(米国1.0、ユーロ圏0.5%、日本1.6%)、OECDは9月時点で(米国0.5、ユーロ圏0.3%、日本1.4%)と予想している。日本経済は、①世界的金融引き締めの中で緩和基調が維持されていること、②コロナパンデミックに対する過剰反応から最も経済の落ち込みが大きかったが、その反動(リベンジ消費など)が期待できること、③円安のプラス効果が発現すること、等が予想されるからである。グローバル資金は、世界で最も割安、且つ2023年の成長期待が高い日本に集まっていくのではないだろうか。米中対立が急速に深刻化し、脱中国のハイテクサプライチェーン構築は、焦眉の課題になってきた。日本にハイテク産業集積が回帰する可能性は大きく高まっている。

 

無駄金1.2兆ドルの政府の外貨保有が国内投資資金に転用されれば効果は甚大

加えて、夢物語に聞こえるかもしれないが、日本政府のドル売り介入が進行すれば、総額1.2兆ドル(170兆円)もため込まれた外為特別会計が保有する米国国債の売りで資本流出が加速される。経済学者高橋洋一氏が主張するように、無駄に保有するこの巨額資金が売却されれば、為替実現益40~50兆円と、投資元本回収の120兆円、合計170兆円という巨額の余裕資金が生まれる。これをハイテク・ゼロカーボン・インフラ投資などの原資として投入すれば、日本のテクノロジーは一気に世界最先頭に立つことも可能となる。

 

 

円安はゼロ・ゼロ・ゼロの「デフレ均衡」を瓦解させるトリガーに

このように円安進行は、日本経済に全く寄与しない形でため込まれていた巨額の対外資産の国内還流を引き起こし、日本に固く定着したゼロ・ゼロ・ゼロの「デフレ均衡」を瓦解させるトリガーになる、と考えられる。政策担当者の構想力と決断力が強く求められる局面である。

 

(注) より正確に述べれば、GDPデフレーターは1998~2013年までは低下し続けたが、以降は上昇に転じており、厳密には2013年以降は「デフレ均衡」状態とは言えない。しかし2013年以降も、名目経済成長ほぼゼロ、消費税増税の影響を除けば、CPIもゼロ、金利もゼロ、という均衡状態が続いた。当レポートでは2013年以降も含めて続いた「ゼロ・ゼロ・ゼロの均衡状態」を「デフレ均衡」と概括している。

 

 

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