2023年02月14日

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ストラテジーブレティン 第325号

米国経済を覆う「好都合すぎる真実」、偽りなのか?
~ 米国経済の好都合すぎる真実 (謎) と基本矛盾 ①

今の米国経済をどのように捉えたらいいのだろうか、常識的解釈では説明がつかない、好都合な謎が多発している。労働市場は1年以上にわたる金融引き締め、ハイテク大企業のレイオフ続出にもかかわらず、活況が続いている。さらに不思議なことに、旺盛な労働需給の下で賃金上昇率が低下し始めた。また、金融市場でも一年間で8回、累計4.5%の利上げにもかかわらず、潤沢な投資資金が健在で、新興国株式や米国の低格付けクレジットを押し上げている。何故このような好都合な事象が頻発しているのか、この謎は一時的なもので、景気悪化が深刻になる過程で消えていくものなのか、それとも持続し米国経済を支え続けるのか。

 

(1)  労働市場の謎

 

絶好調の米国労働市場

1月の雇用統計はほぼすべてのエコノミストにとってサプライズであった。雇用が絶好調で、失業率は3.4%と53年ぶりの水準まで低下した。雇用増加数は51,7万人と予想を大幅に上回り、2022年8月以降の26~35万人台の増加トレンドから加速しているとも見られる強さである。雇用はほぼ全産業にわたって増加(利上げにより住宅着工が落ち込んでいる建設部門でも増加)している。歴史的利上げ、大手ハイテク企業中心にレイオフの発表が相次いでいる中でのこの労働市場の好調さは、尋常ではない。

 

ここ数か月間のレイオフ発表はざっと挙げただけでも、アルファベット(12000人、6%削減)、アマゾン(18000人以上)、デル(6600人、5%削減)、IBM(3900人、1.4%削減)、マイクロソフト(11000人、5%削減)、セールスフォース(10%削減)、Zoom(1300人、15%削減)、PayPal(2000人、7%削減)、BNYメロン(1500人、3%削減)、ゴールドマンサックス(3200人)、ダウ(2000人削減)、3M(2500人削減)・・・・、ハイテク大企業で軒並みである。

 

しかし企業の求人意欲は強く、利上げにより住宅着工が落ち込んでいる建設部門を始め、ほぼすべてのセクターで雇用が増加している。大企業に押されて雇用が進まなかった中小企業は、このリストラをチャンスと捉えている向きもある。旺盛な消費が広範な雇用機会をもたらすという好循環は損なわれていない。1990年代前半のBPR (ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)革命の時は、機械に置き換えられたホワイトカラーが失業し、労働市場が不振のままのジョブレス・リカバリーが続いた局面があったが、当時とは雲泥の違いがある。

 

強まる労働者のバーゲニングパワー、だが賃金上昇は減速

労働者のバーゲニングパワーは健在である。自発的離職者は高水準、企業、特に中小企業の求人未充足率は高水準で高給を求めての労働者のJob hopping が旺盛である。

 

こうした労働需給ひっ迫の下で賃金上昇率が減速、格差も縮小していることも、常識に反している。1月のAHE(平均時給)は前月比0.3%と昨年1月の0.7%から半減している。コロナ禍の下での異常な労働需給ひっ迫が引き起こした、トラック運転手やウェイター、ウェイトレスなど接客業での人手不足は緩和に向かい、非熟練、低賃金分野の賃金上昇率は鈍り始めている。また高給セクターの金融や情報部門での雇用の伸びが低いことも全体の賃金水準の伸びを引き下げている。

 

1月の週平均労働時間は34.7時間と、過去半年のレンジ(34.4~34.6時間)を上回った。雇用数の増加と労働時間の相乗効果により1月の生産活動は大きく増加していると示唆される。他方で雇用コスト指数は低下している。生産性の伸びと賃金上昇率低下が進行する、まさに出来すぎの労働市場であるが、何故こんなことが起きているのか。

 

NAIRUの低下が起きている可能性

明らかに労働市場が弾力的に動き、資源配分を采配していると言えよう。より具体的には、NAIRU(インフレを加速させない失業率)が低下している可能性である。労働市場ではインターネットによって求人と求職のマッチングが瞬時にできるようになった。またよりフェアな労働賃金決定が可能になっている。スキルアップによるジョブシフトが給与増+生産性上昇を引き起こしているかもしれない。労働者は容易にスキルにあった職を探し当てることが出来、平均失業期間は2023年1月は9.1週と、コロナ前2019年の9.3週を下回っている。NAIRUが低下しているとすれば、それは労働力供給余力を意味し、生産増加の一方で賃金が抑制される環境にあるのかもしれない。

(2)  金融市場の謎

 

引き締め下の資金余剰、グリーンスパンの謎の再現

金融市場での謎はグローバルに潤沢な投資資金、流動性の存在である。歴史的利上げにもかかわらず潤沢な投資資金が新興国株式や米国の低格付けクレジット市場に流れ、リスクプレミアムは低下し始めている。何より4.5%まで短期金利が引き上げられたにもかかわらず、米国10年債利回りは3.5~3.7%前後まで低下している。これはCPIや名目経済成長率の半分であり、依然として緩和的水準にあるといもえる。金融引き締めの効果を金余りがしり抜けにさせているとも言えるのだ。シカゴ連銀が計算している全米金融環境指数(National Financial Condition Index) は昨年4Q以降、大きく改善されてきている。まさにグリーンスパン元FRB議長が謎(conundrum)といった事態が再現されているかのようである。

 

この長期金利の低下を先行きの景気不安の予兆とする見方もあるが、よりリスクの高い新興国株式やジャンク債の値上がり、さらには米国銀行貸し出し増加や、世界景気との連動性が高い銅市況の上昇などと辻褄が合わない。

 

資本生産性の上昇による企業部門における貯蓄余剰

1980年以降長期金利の低下が景気悪化の前兆ではなかったように、今の長期金利の低下も別の要因によるものである可能性が考えられる。それは何かと言えば、企業部門の生み出す価値が企業部門が必要とする投資より大きく、恒常的資金余剰が起こっていると考えられるのではないか。その背景には資本生産性の恒常的上昇がある。設備、機械、知的資産などの価格が大きく低下し、設備などの再取得価格が低下し、必要な投資額が減少するということが起きている。またGAFAMではリストラが進行しているが、そこではAI、ロボットによる労働力代替が起きており、大きな生産性上昇ゲインが、企業部門の金余りを引き起こしている可能性がある。米国企業の大幅なフリーキャッシュフローの存在は、企業部門に潤沢な資金余剰が存在していることを示している。企業はその余剰資金の大半を自社株買いとして市場に還元している。

 

(3) 謎の解明と展望

 

デフレリスクに対する警戒が強まっていくだろう

仮にNAIRUが低下しているとすれば、米国労働市場に余剰(slack)が存在しており、FRBの性急な利上げは再びデフレのリスクを高めることになる。また恒常的資金余剰の下で長短金利の逆転を放置すれば、金融機関経営をいたずらに痛め、無用の金融ストレスの高まりを引き起こし、やはりデフレのリスクを強めることになる。

 

つまり、ここからのリスクはインフレではなく景気後退とデフレである、ということになるが、米国市場も米国当局もその点での暗黙のコンセンサスが形成されているようである。パウエル議長発言は微妙に変化し、ディスインフレを指摘しつつ年内利下げの可能性を完全には排除しなかった。

 

雇用が遅行指標でない可能性

すでに好循環が起き始めた可能性もある。製造業PMIが下落する一方で、サービス業PMIはリバウンドに転じている。特にサービス産業での新規受注が好調であり、それは好調な労働市場と消費によって支えられている。だとすれば雇用は遅行指標ではなく先行指標ということになり、ここでも常識破りの事態となる。金融引き締めの下でもマンハッタンの家賃上昇が続いていると伝えられるが、それも労働市場の強さに支えられているとの報道がなされている。

以上の投資へのインプリケーションは、結局ゴールディロックス相場の再現の可能性が高まり、資産価格上昇も正当化される、というものだろう。政策当局の意志の見極めが大事である。デフレのリスクをより重視する、高圧経済論者であるイエレン財務長官の再任の意味は大きい。

 

米国経済がソフトランディングし、株式市場が強気市場入りをしているとすれば、それは米国資本主義経済がより深化 deepeningしているから、という仮説が成り立つ。少なくともAIネット革命、イノベーションと米国の労働・資本市場の一段の効率化が米国経済の強靭性resilienceを強めていると言えそうである。

 

 

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