2023年06月19日

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ストラテジーブレティン 第334号

米中対立と環境問題、EV政策の二律背反

最優先事項、環境から地政学へ

環境問題と米中対立の二律背反を議論しなければならない時期に来たと思われる。環境問題は米中対立が深刻化する前から続く人類の歴史的な課題である。先進国が中心となって既に数十年にわたり、地球温暖化阻止のためにCO2排出量を長期的に大幅に引き下げていくことが追求されてきた。京都議定書(1997年)、パリ協定(2015年)、昨年のエジプトでのCOP27などを経て、数値目標が決められてきたのである。そして、ここに来て起こった新しい現実が、米中対立である。少し前までは人類にとっての最優先課題は地球環境の保全、脱カーボンであったが、今各国の最優先課題は地政学になった。ロシアによるウクライナ侵略という、武力による国境変更を引き起こす国が世界にあるのだという現実に直面して、環境保全よりも各国の安全保障、人々の命と国土をどう守っていくのかということが最優先事項になった。

 

この結果、アメリカや日本など民主主義先進国は大きなジレンマに直面することとなった。今まで通りの環境対策を進めていくことが中国経済を大きく利するという可能性が高くなったことである。化石燃料から脱却し太陽光発電にシフトしなければいけないとすると、世界の太陽光発電パネルの8割を生産している中国からモノを買わなければいけなくなる。脱カーボンを進めれば進めるほど、中国に対する供給依存が強まる。また、これまで安全性という点から、脱原発が先進国の中で大きな流れとなってきた。フランスを除き各国は、原発依存を大きく下げてきているが、この脱原発の流れに反して依然として積極的に原発を作り続けているのが中国である。その結果、中国が世界の原子力発電建設において圧倒的なシェアを持つようになり、中国は新興国に原発を売り込もうとしている。

 

EV化で世界最強のエコシステムを構築しつつある中国

加えて急速に進行しているEV化によって、大きく恩恵を受けそうなのが中国の自動車メーカーである。中国はEVが主流になるということを見越し、いち早く電気自動車に補助金を与え、世界で最も積極的に電気自動車の普及を進めてきた。その結果、テスラを除いて世界の主要EVメーカーのほとんどを中国が占めるようなっている。中国はアセアン諸国に対して大規模な電気自動車の輸出攻勢をかけている。2023年第1四半期において、中国が日本を抜き世界最大の自動車輸出国になった。この輸出急増は欧米からの輸入を絶たれたロシア向けが3倍増と増加したためでもあるが、中国がEV輸出大国になりつつあることも見過ごせない。

 

世界のEV輸出に占める中国のシェアは、2021年は25%、2022年35%となっている(IEA: 国際エネルギー機関)。上海汽車集団(SAIC)や比亜迪(BYD)などの中国企業のみならず、テスラ、BMWなど他の外国メーカーも、中国を輸出EVの製造拠点として活用し始めている。テスラの上海ギガファクトリーでは2022年の生産台数は71万台に上っている。VWはまた、約10億ユーロ(約1470億円)を投じて中国にEV開発・調達センターを建設することを発表した。今やEV生産において初期投資の累積額が中国に集中し、EVのエコシステムが充実していることが背景にある。

 

こうしたEV化における中国の規模のメリットに対して、日独米の自動車メーカーは大きく遅れを取ってしまうという可能性が出てくる。中国はなぜ電気自動車でそれほど競争力を強めることができたかというと、政府の先を見越した補助金がEV初期の需要創造に効果があったからだ。2011年設立の中国のバッテリーメーカーCATL(TDKの技術をベースとして作られた企業)が急速にシェアを高め、今や世界最大のメーカーになったのも中国政府の外資排除や補助金などの巧みな規制と産業政策が寄与したからだ。

 

再考が求められるがむしゃらなEV化

このように先進国にとって中国が抑え込まなければいけない相手であるとの認識が確立する前に、すでに中国は環境問題を追い風として自国の産業を有利に誘導するということをやっていたのだ。だからこそ今、民主主義諸国はこれまでと同様の環境政策を遂行していくということでいいのだろうかという問いが必要になってくるのではないか。EVに対する各国政府の補助金を支えとしたEV化の推進も、それが中国を一方的に利するものとなるのであれば、再考が必要になるだろう。

 

そもそも完全EV化の前に過渡期としてのHV、PHVをかませることで移行がよりスムーズになるとのトヨタの主張にも道理がある。WSJ紙は『欧米流のがむしゃらなEV移行を再検討する必要がある』との豊田章男氏の主張を勇気ある正論として、社説で次のように評価している。

 

『トヨタはBEV(バッテリーEV)に代わるものとして、HVおよびプラグインハイブリッド車(PHEV)を推進している。PHEVは内燃機関を搭載しており、バッテリーの残量が少なくなったときにそれを稼働できるため、航続距離に関する不安が軽減される。それらはまたEVより安い。性急な完全EV化の問題は大きい、①2030年までに全米で120万カ所の公共充電設備が必要となり、毎日約400カ所の充電設備の新設が必要だが、その目標達成にはほど遠い。②2035年までに想定されるバッテリー需要を満たすには300カ所以上の新たなリチウム、コバルト、ニッケル、グラファイト(黒鉛)鉱山が必要になり、その開発には何十年も要する、③航続距離の長いバッテリー搭載のEVに使用される原材料があれば、PHVを6台、HVを90台生産できる、④これら90台のHVの全使用期間中に達成される温室効果ガス削減量は、BEV1台による削減量の37倍に達する。この不都合な真実は、気候変動対策推進の信奉者や政府の要求の根底を崩すものだ。』(WSJ紙 6月4日)

 

中国の特異性を看過する環境論議は成り立たない

(図表1参照) 過去20年間 (2000-2020年) で世界のCO2排出量は229.3億トンから313.8億トンへと84.6億トン増加した。そのうちOECD38カ国は121.3から99.5億トンへと21.8億トン減少したのに対し、中国は32.2億トンから100.8億トンへ68.6億トン増加した(それ以外の国は75.8億トンから113.5億トンへと37.7億トンの増加)。世界のCO2排出量増加の実に81%が中国によるものである。中国の特異性を看過した環境議論は、成り立たなくなりつつある。

 

 

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