2010年11月12日

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ストラテジーブレティン 第34号

QE2はなぜ円安をもたらすのか
~デフレシナリオが消えれば円高も終わる~

正反対の円高要因、新興国通貨高要因

ドル安とともに、新興国通貨高と円高が進行してきた。しかし同じ通貨高でも新興国通貨と円とでは、原因は全く異なる。円高は「世界的デフレシナリオの下、リスク回避志向の高まり」とともに進行してきた。他方新興国通貨高は「世界成長・リスクテイク志向の強まり」とともに進行しつつある。端境期の今は両者混合により新興国通貨高と円高が同時におこっているが、QE2により「脱デフレ・リスクテイクの活発化」が定着すれば、円高圧力は急激に弱まるはずである。

QE2で新興国投資一段と

QE2の実施が始まった。ドルをファンディング通貨とするキャリートレードが盛り上がり、新興国投資が一段と活発化するだろう。インドやオーストラリアなど新興国の金利引き上げ機運が強まっているが、それは一段と投資魅力を高める。この新興国への資金移動は新興国の高成長と高い資本リターンを求めた長期資金が底流にある。加えて最大の黒字国でありかつ高成長国の中国の資本障壁が事情を大きくゆがめている。本来なら中国へ向かう資金が資本規制により他のBRICS諸国やアジア諸国に向かい、それらの国ではhot money の流入による経済過熱、投機過熱、バブルの生成が心配されている。

QE2⇒日本人の新興国投資活発化=円安へ

それではQE2が同様に円高をもたらすのだろうか、と考えるとそれは考えにくい。米国より低金利、低資本リターンの日本に資金が移動する合理性はない。これまでの円高は、新興国通貨高と異なり高いリターンを求めた資金移動の産物ではない。これまでの円高は短期の投機ゲイン(目先の円高を想定した値幅稼ぎ)を狙った自己実現的なものであり、ドルのショートポジションの積み上げに根ざしている。短期資金故に容易に巻き戻される可能性がある。このショートポジションはイベント(QE2、G20サミット、米国中間選挙、ヘッジファンドの決算月)の終焉とともに巻き戻される局面に来ていると考えられる。それではその巻き戻しの先、更なる円高が起きるだろうか。大多数はその可能性が高いと見ているようであるが、当社はその可能性は小さいと考える。

デフレシナリオ脱却は円安をもたらす

QE2の目的はリスクテイク促進とデフレ心理の一掃にある。バーナンキ議長率いるFEBの決意は明白なので、金融緩和の行き過ぎがインフレやモラルハザードを引き起こすことはあっても、世界デフレシナリオは完全に排除されたと考えてよい。世界中の投資家は一斉にリスク回避(つまり現金・国債重点)のポートフォリオの大転換を迫られている。行く先はより高リスク高リターンの資産へのシフトである。その趨勢が日本に及べば、日本の投資家の対外投資の活発化を引き起こす。米国投資家がゼロ金利と量的金融緩和の環境の下で新興国・高金利国の投資を活発化させるのと同様、日本の投資家もゼロ金利の日本からの新興国・高金利国の投資を活発化させるはずである。QE2がもたらすリスクテイク活発化の流れは、日本からの資金流出を促進し円安をもたらす可能性が強いと考えるべきだろう。既に1ドル70円台を目前に日本の個人投資家のドル買いポジションの高まり、新興国投資活発化の兆しは顕著に現れている。図表4に見るように、これまで日本の個人の対外投信投資は株高局面(=リスクテイク局面)で盛り上がってきたのであり、今後2005~2007年の日本株高、対外投資活発化(=円安)の同時進行が再現するのではないか。

世界危機の深化とともに円高が進行した理由

資金移動にはポジティブなものとネガティブなものとがある。ボジティブな移動はよりリターンの高い分野に資金が移動し、経済効率を極大化させる。ネガティブな移動は、リターンの追求をあきらめ、元本の保全に専念する投資行動で、経済成長を阻害する。2008年の金融危機以降の円高をもたらしてきた資金移動は、高いリターンを求めたポジティブな資金移動の結果ではない。ただでさえ投資需要が冷え込み、潤沢な資本が有効に活用されておらず、長期デフレで長期金利が世界最低の日本への資金流入はまともなものではない。その資金はデフレシナリオの下、最初からインカムゲインを諦めた資金であり、その根拠は唯一、「みんなが買うから円高になる、故に円を買う」と言う自己実現性にある。なぜ皆が買うかというと、第一の理由は、デフレによる実質金利高、経済が弱い故にデフレとなりそれが通貨を強めて更なる景気の脆弱性を招くそうした悪循環。第二に、通貨当局がデフレ親和的との信仰(日銀の今回の量的緩和で変わりつつあるが)。第三に、日本円は過去20年常に世界最強であり、円投機は報われ続けたという慣性。こうしたことから、世界金融危機の深化=日本円の選好は、世界の投資家の間で条件反射となってきたのである。 そうしたネガティブな資金移動は、QE2により「グローバル・デフレシナリオ」が揚棄されるとともに、消滅すると考えられる。図表5、6に見るように円は購買力平価から見て著しく割高、つまり日本の労働賃金は国際水準から見て著しく高くなっている。この不当な通貨高・賃金高は、国際通貨市場が(デフレシナリオを棄て)健全化すれば、おのずから是正されるはずである。

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