2023年10月03日

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ストラテジーブレティン 第341号

窮地か?ドイツ企業の対中戦略検討とEU
~三菱自工中国撤退vs 対中投資double downのドイツ企業~

ロシアによるウクライナ侵略、米中対立と台湾進攻の可能性、中国での不動産バブル崩壊、欧米先進国における分断と右派ポピュリズムの台頭、ゼロカーボン政策の見直しと環境理想主義の挫折、等世界経済に困難が山積している。いずれも深刻な問題だが、その殆ど全てが日本株式の相対的優位を浮かび上がらせるものである。前回は中国バブルの崩壊と来るべき中国経済衰弱を分析したが、今回は欧州経済を覆う戦略混迷と経済停滞について対中戦略を概観することで、探ってみる。

 

(1)欧州の対中貿易赤字急拡大、高まる政治主導の対中防御


これまでユーロ圏は対中ビジネスにおいて、米国、日本、韓国等他国に比べて大きな恩恵を受けてきた。図表1は中国の国別輸入額推移であるが、過去10年ほどの間、対日本、対韓国、対米国がほとんど成長しない中で、対ユーロ圏輸入だけが6~7割増とシェアを高めてきた。しかし中国企業は着実に技術キャッチアップを進め競争力を強化し、欧州企業の地盤を切り崩してきた。中国の対欧州輸出は欧州からの輸入以上のスピードで拡大し、EUの対中貿易赤字は2022年396億ユーロとコロナパンデミック前の2019年比倍増となった(図表2)。

 

特にドイツはメルケル首相が16年の在任期間中12回も訪中するなど、先進国の中でも最も中国との関係強化を進めてきた。しかし対中貿易収支が2022年に赤字に転ずるなど、変調が現れている。貿易変調の最大の理由は、EV用主体のバッテリーと半導体(太陽光パネル、パワー半導体等)の急増である。中国の対ドイツバッテリー輸出は2020年16億ドル、21年37億ドル、22年80億ドル、対ドイツ半導体輸出は2020年14億ドル、21年18億ドル、22年31億ドルと倍々ゲームで増加し始めた(JETRO「地域分析レポート」)。クリーンエネルギーやEVにシフトすればするほど自動的に対中赤字が増加する仕組みがビルトインされている。

加えて中国EVの欧州急進出により欧州自動車企業は地元でシェアを奪われるリスクが高まっている。中国市場で高成長を謳歌してきたVWなどの欧州自動車メーカーは、今や攻守所を変えて、守る側に立たされつつあるのである(図表3)。

2023年上期の中国自動車輸出台数は214万台(前年比76%増)のとなり、日本を抜き世界一となった。けん引役は、EVおよび民主主義国が禁輸している対ロシア向け輸出である。中国車のロシアでのシェアは2021年9%から22年37%、23年にはシェア50%を超え100万台に迫ると見られている(東洋経済オンライン財新レポート)。

2023年上期の世界EV(BEV+PHEV)販売台数は、前年比41%増加の616万台に達したが、内6割は中国生産車とみられる。首位BYD125万台(前年比96%増)、2位テスラ89万台(57%増)、3位VWグループ43万台、4位吉林ボルボグループ36万台、5位上海汽車集団(SAIC)グループ32万台と、すべて中国生産を中心としている企業である。

この中国産EVの攻勢に対して米国はIRA(インフレ抑制法)により中国生産車を補助金の対象から外すことでブロックをかけた。さらにフォードが計画していた世界最大手の中国CATLとの協力によるミシガン州EVバッテリー工場の建設は、ワシントンからの圧力により一時停止に追い込まれた。遅ればせながらEUも、中国の自動車産業に対して不当な補助金が支給されていないかの調査をすると発表した。また累積炭素排出履歴(炭素国境調整メカニズム活用)を規制に盛り込むことを考えていると言われる。トルコは中国のEVに40%の懲罰的関税賦課。フランスは累積炭素排出履歴を補助金受給資格に盛り込み、事実上ヨーロッパ製のEVにのみに補助金を出す仕組みを打ち出した。

 

 

(2)対中投資double downのドイツ企業


このような政治の世界からの対中ブロックの動きとは裏腹に、対中国ビジネスに未練を残すドイツ産業界は見解を異にしている。ドイツの自動車メーカーはEUの調査によって中国政府の報復対象になることを警戒し、この政策を批判しているのである。

悩ましいのはEVを始めクリーンエネルギーのエコシステムが中国に集中していることである。中国は、膨大な補助金と企業支援、外資抑制で国内企業に有利な環境を作った。ハイテク産業で勝ち抜くためには巨額の初期投資を継続することが必須だが、液晶、通信基地局、太陽光パネル、風力発電部品(ナセル、プレード、タワー)、等で次々に競争相手をなぎ倒してきた。そして今、EVとEV用バッテリーでも6割強の世界シェアを獲得するに至っている。
バッテリー素材メタルの資源確保と精錬など川上分野でも、過半のシェアしている。バッテリーメタルの埋蔵量はチリ、アルゼンチン、コンゴ、インドネシア、オーストラリア、ブラジル等に集中しているが、中国はいち早く上流権益を抑えることで、精錬においては圧倒的シェアを確保した。VWは「西側諸国と中国のエコシステムの距離が広がっており、この状況に適応する必要がある」と述べている。VWは中国で生産する車両の部品・材料の現地調達比率を、この数年間で90%を上回る水準まで高めたという。BMWも次世代EVの開発、生産のために対中投資を増加し、部品の現地調達率を高めている。

またBASFは、2030年までに最大100億ユーロ(約1兆5800億円)を中国に投資すことを発表し、合成ガスと水素の製造工場建設を始めた。調査会社ロジウム・グループによると、EU+英国による2022年の対中直接投資額に占めるドイツの割合は52%と2021年の46%から上昇している。その中で自動車産業が占める割合が68%と前年の50%から大きく上昇している。ドイツ企業は中国市場を失う短期的損得が、地政学的、長期的観点よりも重要、というジレンマに陥っているようである。(WSJ9.22.23)。

 

(3)鍵は今後の中国内需、収縮は避けられまい


親中国路線にこだわるドイツ企業の戦略が功を奏するかどうかは、一に今後の中国内需にかかっている。以下この点を検討するが、3つの理由により、中国が旺盛な国内需要を維持することは困難とみられる。第一に米国、日本のバブル崩壊の歴史は、中国内需の暗い将来を予見させる。第二に中国で消費者心理の悪化が進行しており、バブル崩壊を食い止められなければ、それは深刻な消費収縮のスパイラルを引き起こす可能性がある。第三に中国の過剰供給能力は深刻なデフレと飢餓輸出を引き起こすが、世界はそれを容認しないだろう。

図表7は過去歴史的バブルが形成され崩壊した米国(1929年ピーク)と日本(1990年ピーク)自動車国内販売推移を、現在の中国自動車販売と重ね合わせたものである。この米国、日本の経験から、①不動産バブルのピークが自動車販売のピークと重なること、②バブル崩壊後20年にわたって需要低迷が続いたこと、③中国のバブル前の自動車販売急増は米国大恐慌時と類似しており、米国ではバブル崩壊後に自動車販売は半減以下に落ち込んだ経験から、中国も似たような経路をたどる覚悟が必要かもしれないこと、が指摘できる。大恐慌当時の米国の場合、人口が10年間で1割増加していたことも中国の今後に悲観すべき材料となる。

 

 

第二に中国で不動産バブル崩壊を人々が確信し始め、家計貯蓄の急増と新規債務の急減という極端な防衛的行動が広がり始めている(NY Fedによる図表5参照)。中央銀行の金融緩和が続く中でのこのリスク回避行動は、気味悪さを感じさせる。1990年の日本、1929年の米国のバブル崩壊時とは異なる点である。日米ともにバブル崩壊は急速な金融引き締めによって引き起こされたため、バブル崩壊の過程で民間の債務は急収縮したが、同時に家計の預貯金も急減した。

第三に中国国内での過剰供給力と予想される内需の冷え込みは、ダンピング輸出を引き起こしかねないが、米中対立、中国のデカップリングを進める諸国はそれを許さないだろう。例えばFTは「中国メーカーは膨大な国家補助金と無制限の銀行融資を受け、内需を遥かに超えるバッテリー工場を建設している。今年のバッテリー生産能力は1500ギガワットと2200万台分の能力(需要の3倍に相当)を保有している。」(9.4.23)と報じ、中国と西側諸国との間の地政学的緊張に拍車をかける危険性がある、と警告している。

 

 

このように見てくるとドイツ企業の対中投資double down戦略は危険な選択であることがわかる。ドイツ企業は対中投資の引き上げを、「Local for Local戦略(現地需要に現地生産で対応する)」と「中国ビジネスの絶縁(insulation)」で正当化しようとしているとWSJは報じているが、その論理には無理がある。上述したように、中国の自動車市場はもう成長しない、中国で生産が増えるとすれば、それは輸出圧力を強めるだけである。また第二次世界大戦当時米国企業は、敵国に存在した海外子会社例えばドイツフォード、ドイツ
GM(オペル)を資本関係を維持しつつも、経営を本国から切り離しヒットラーに戦争協力させることで存続させた。その米国企業に倣い中国ビジネスを本国から切り離すという戦略も意味をなさない。財産権に対するリスペクトがない共産党体制は財産権を温存したヒットラーほど甘くはない可能性が濃厚である。そもそも中国においては利益を国外送金ができるかどうか、保証の限りではない。

 

今中国の自動車輸出はブームであるがいずれ地政学の壁にぶつかるだろう。となると中国での生産体制を増強させているドイツ自動車会社は、墓穴を掘ることになりかねない。三菱自動車の損切戦略と、ドイツ自動車企業のDouble down(難平買い)戦略のどちらが賢明か、答えは単純ではない。

 (4)悪くはない日本企業のグローバルな立ち位置


そもそも完全EV化の前に過渡期としてのHV、PHVをかませることで移行がよりスムーズになるとのトヨタの主張にも道理がある。WSJ紙は『欧米流のがむしゃらなEV移行を再検討する必要がある』との豊田章男氏の主張を勇気ある正論として、社説で次のように評価している。『トヨタはBEV(バッテリーEV)に代わるものとして、HVおよびプラグインハイブリッド車(PHEV)を推進している。PHEVは内燃機関を搭載しており、バッテリーの残量が少なくなったときにそれを稼働できるため、航続距離に関する不安が軽減される。それらはまたEVより安い。性急な完全EV化の問題は大きい、①2030年までに全米で120万カ所の公共充電設備が必要となり、毎日約400カ所の充電設備の新設が必要だが、その目標達成にはほど遠い。②2035年までに想定されるバッテリー需要を満たすには300カ所以上の新たなリチウム、コバルト、ニッケル、グラファイト(黒鉛)鉱山が必要になり、その開発には何十年も要する、③航続距離の長いバッテリー搭載のEVに使用される原材料があれば、PHVを6台、HVを90台生産できる、④これら90台のHVの全使用期間中に達成される温室効果ガス削減量は、BEV1台による削減量の37倍に達する。この不都合な真実は、気候変動対策推進の信奉者や政府の要求の根底を崩すものだ。』(WSJ紙 6月4日)

6月に米国で実施されたビューリサーチセンターの世論調査によると、2035年からの内燃機関車の新車販売禁止という政策に対する反対意見は2021年4月の51%から59%へと上昇している。EV移行のロードマップを持ちつつキャッシュフローを継続的に創出し続ける戦略が必要であろう。EV化に遅れていると評価されているトヨタなど日本企業の立ち位置は、必ずしも悪くはないのかもしれない。

 

(5)欧州スタグフレーション、楽観できず、破綻した露中偏重の欧州経済戦略

 

米日欧、先進国経済の中で欧州経済の困難化が浮上している。IMFの直近の 各国GDP見通し(2023年)は米国1.8%、日本1.4%に対して、ユーロ圏平均0.9%とユーロ圏の停滞が際立っている。特にユーロ圏 GDP の 3 分の 1ウェイトを持つドイツは▲0.3%とG7 の中で唯一のマイナス成長見通しである。ドイツ経済はウクライナ戦争開始後の22年2Qから今日 までほぼ横ばいで、23 年に入ってからは、1Q、2Qとも前年同期比▲ 0.2%と停滞色を強めている。

インフレの高進は、世界共通の困難であるが、経済成長率の顕著な鈍化、それによるスタグフレーションは欧州固有の経済情勢と言える。ブルームバーグのコンセンサス予想によると、市場は2023年と2024年に欧州においてスタグフレーションが深刻化すると予想している(アポロのチーフエコノミスト、ト―スタン・スロック氏指摘)

 

 

ユーロ圏の困難の根源には、ロシアと中国に依存しすぎた経済戦略の失敗がある。ロシアからの天然ガス輸入完全ストップに対応して、他の供給源への切り替えで高コストになった。独露蜜月時に天然ガス輸入の 55%をロシアに依存するというドイツの戦略が挫折した。加えて原発の完全停止など、ドイツの性急なゼロカーボン政策の問題が露呈している。それが電気料金急騰などインフレの悪性化の懸念を引き起こしている。これに先述の、対中貿易の悪化が加わる。長期にわたって大幅な経常黒字を謳歌した、ドイツの黄金時代は過去のものになるかもしれない。

これまでのユーロ圏安定の基礎にはドイツの大幅な経常黒字に支えられた金融力があった。このドイツの金融力にイタリアやスペインなど南欧諸国が全面的に依存する、という仕組みが持続可能か、心配される。盟主であるドイツの経済困難はユーロ圏全体の問題に転化するかもしれない。ユ―ロ圏のスタグフレーションは長引く恐れがある。

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