2012年01月26日

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ストラテジーブレティン 第62号

何故日本はダメなのか
~ 株価格差の背後にある政策格差 ~

吉川ビュー対サマーズビュー

日本で最も信頼され政策に多大な影響力を持っている経済学者 吉川洋東京大学教授のコメント「所得配分と世界経済の行方」が東洋経済(1月28日号)に、米国で最も政策に影響を及ぼしている経済学者ローレンス・サマーズ ハーバード大学教授のコメント「不確実性は不作為の言い訳にはならない(Economic uncertainty is no excuse for inaction)」がファイナンシャル・タイムズ紙(1月24日)にそれぞれ掲載された。両氏ともにケインズ経済学をベースとする経済知性の代表者、だが論述は相容れていない。

諦観、受け身議論の吉川氏

吉川氏の論評は「先進国は既存のモノやサービスが普及するにつれて需要がすぐに飽和する脆弱な体質を持っている。このことを見抜いたケインズは、慢性的な需要不足を解決する方法は消費性向の高い低所得者への所得移転だと考えた。・・・ところが超富裕層への所得集中が極端に進んだ米英両国では財政を通した所得再配分はコンセンサスは得られず、低所得層向けのサブプライムローンが考え出され」危機に至った。「ヨーロッパ危機も加盟国間の所得格差の縮小を実現する経済のメカニズム」(財政統合)の不在が危機をもたらした。「金融危機の底には、所得格差と財政を通した再配分の難しさという、一朝一夕には解決できない問題が横たわっている」というものである。

楽観、行動主義のサマーズ氏

サマーズ氏の論評は「将来に対する不安が、経済パフォーマンスを決定づけている。・・・米国の実質10年国債利回りはマイナス、つまり投資家は10年間政府にお金を払いながら資金を預けているのに対して、S&P500の株価が利益の13倍(PER13倍)と言う割安さは、将来不安の大きさを示唆している。・・・将来不安は、異常に巨額の現金を持ちながら雇用に消極的な企業行動や耐久財の消費に躊躇する家計行動とも強く関連している。」従ってすべての先進国「政府の最優先課題は、ビジネスの自信を回復させることにある。・・・如何にしてそれをなすべきか、政府の支出をするべきか否かの議論はある。ケインズは75年前にそうした不毛の議論に対して、金利の引き下げなどを通した企業心理の改善が必要だが、さもなくば政府の借金か紙幣増刷による需要創造が必須だとルーズベルト大統領に書をしたためた。政府の最大の任務は十分な需要を作ることであり、それなしには持続的成長も、失業率の改善も、債務比率の削減も不可能である。企業が過度の不安に支配されている時、需要の増大の為には、投資心理を損ないかねない規制強化や所得格差是正は回復の後に回すべきである。」と言うものである。

著しい政策スタンスの格差

同質の経済学の枠組みからの時論であるが、両者の相違は鮮明である。吉川氏は、所得再配分と言う政策の枠組みが変わらなければ先進国経済の回復は困難であり、政府に出来ることは限度があるというスタンスである。それに対してサマーズ氏は、経済困難の原因は過度の不安心理にあり、それは政府の責務で改善でき持続的経済回復は可能だとする。 吉川氏のアドバイスを受け入れる日本の当局は、当面の景気回復、デフレ脱却を諦めて、財政の枠組みの変更にいそしむこととなる。サマーズ氏のアドバイスを受け入れる米国の当局は、目先の需要回復のための可能な政策の総動員を始めている。FRBによる空前の金融緩和はその中核である。この政策スタンスの違いは、日米株価に如実に表れている。

極端な日米株式のパフォーマンス格差

日本株式のパフォーマンスはここ数年世界最悪である。2008年のリーマンショックで世界株式は6割の大暴落となったが、その後大底から昨年の高値まで2倍へと鋭角上昇した。日本株は同様の下落幅だったのに、上昇は4割に留まった。更に昨年はギリシャ・ユーロ危機が表面化し世界株式は2割強ほど下落した後10%強の上昇を見せているが、日本株式は依然昨年の底値圏で推移している。現在の各国の株価水準をリーマンショック前の高値と比較すると米国9割、ドイツ8割、日本5割と言う惨憺たる有様である。株価だけではない、危機の後のボトムからの生産や輸出など経済回復力でも日本は見劣りする。 東日本大震災、タイの洪水等の災禍も一因だが、より大きな要因は円高とデフレの再燃であろう。世界経済困難=円選好との条件反射が形成され、決して日本の評価が高いからではなく、世界経済の困難が高まれば高まるほど、円が選好されるという奇妙な癖が国際投資家の間で定着してしまっている。

不作為故通貨高の不利をこうむる日本

円高になると国際比較でみた日本人の相対賃金が高まるので、国内に於いては賃金引き下げ圧力が強まる。また円高は輸入物価を下落させるので、それもデフレ要因となる。デフレとは購買力が高まるということなので、それはさらなる円高の条件になる。こうして日本は円高とデフレのアリ地獄に陥り、企業収益と競争力に大きな打撃が加えられているのである。世界最大の貿易黒字国、中国は依然人民元をドルにリンクさせている。第二位の黒字国ドイツは通貨がユーロであるため、むしろ通貨安の恩恵を受けている。こうしてより小さな黒字国日本がひとり、通貨高の貧乏くじを引いている。 ユーロ危機の当事者の一角にあるドイツには金利の大幅低下、ユーロ安という好材料が顕在化している。欧州危機ぼっ発以降南欧諸国の金利急伸とは裏腹に、ドイツでの金利急低下が進行している。実質金利がマイナスとなったドイツは欧州域内投資のセーフヘブンとなっており、それはドイツの内需とインフレを押し上げることになるだろう。また米国もFRBの果敢な量的緩和政策が奏功し大幅なマイナス実質金利となっている。 これに対してデフレの日本は大幅なプラス実質金利となり、著しい企業のコスト要因となっている。これでは日本の突出した株価不振も仕方ない、と言えるだろう。 米国やドイツと日本との相違点は、マネタリーベース供給の格差等に見られる中央銀行の態度にある。物価と雇用の2つの目標を掲げているバーナンキFRB議長は、あからさまに人々のリスクテイクの後押しをしている。ECBも危機深化に対応して壮大な量的金融緩和に踏み切った。日銀もFRB同様思い切ったベースマネーの供給を行い、デフレ脱却と成長の実現に全力を注ぐ時ではないか。

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