2014年10月14日

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ストラテジーブレティン 第126号

間接課税へのシフトとQQE2の表明で日本株は世界のベストパフォーマーへ
~世界同時株安、政策リスクと投資機会~

 ごった煮の悲観論、長期金利低下は株高要因

9月後半に入ってから一転、世界株式は突然の同時下落に見舞われている。ヘッジファンドの売り浴びせに悲観論が共鳴している観がある。しかし議論されている悲観論は大別すると、①米国の超金融緩和終焉と利上げにより緩和マネーによる株価押し上げが終焉する、②世界景気失速、③政策の誤り、であるが、いずれも説得力に乏しい。

 

先ず①のFRBの量的金融緩和縮小、利上げが懸念要因とされるなら、それはまず長期金利上昇をもたらすはずであるが、9月半ば以降の株安は長期金利の急低下と同時に進行している。金利低下は資本コストの低下をもたらし、今後のリスクテイクと株高要因となるはずである。さらに過去の利上げ開始局面を振り返っても株安の懸念は不要と思われる。1986年、1994年、1999年、2004年と長期利上げの最初の局面ではいずれも株価は堅調であり、株価が下落に転じるのは金融引き締めが長期金利を大きく押し上げた後であった。つまり金融引き締めの初期において長期金利が抑制されている限り、株価の崩れが起こったためしはないのである。

 

次に②の世界経済の現状に関しても、警戒感は浮上しているものの失速の気配はない。10月7日発表のIMF世界経済見通しでは、米国の突出した成長牽引が顕著になった。2014年世界3.3%(米2.2%、ユーロ圏0.8%、日0.9%、新興国4.4%) 、2015年世界3.8%(米3.1%、ユーロ圏1.3%、日0.8%、新興国5.0%)と欧州、日本の減速が顕著な一方、米国経済の見通しが上方修正されている。米国の雇用増加が加速し始め、設備投資も非国防資本財受注の回復に見られるように増勢が顕著である。米国の順調な経済拡大が世界の趨勢を支配し、世界的好投資環境が続くのか、非米の経済困難が世界の趨勢になるのか、やはり前者の可能性が強い。

 

唯一根拠のある懸念は③の政策の誤り、つまり時期尚早の需要抑制策の採用であるが、米国の場合FRBの優先順位は明確であり、その懸念は排除できる。インフレやドル暴落など金融緩和を遮断せざるを得ないようなトレードオフは全く発生していないのであるから、政策の誤りによって経済と市場が失速させられる懸念は小さい。

 

 

 

 

このように考えると突如蔓延し始めた「売りの根拠は悲観論のごった煮」と言え、結論ありきの議論ということが明らかであろう。ということは、この下落は主としてテクニカルなものであるので、深押し場面は積極的に買い向かうべき局面ということになる。

 

但しいずれ、米国経済が拡大局面の後半に入ると、ドル高の定着と労働分配率の底入れ・上昇、長期金利の上昇をもたらし、企業業績の伸びにブレーキがかかる。それらは景気見通し改善の結果であるが、それにより米国株式の上値が重くなる局面があることは念頭に置くべきであろう(株価の長期上昇トレンドを転換させるものでは無いが)。

 

 

政策リスク顕在化、欧州を覆う需要不足

米国は心配ないが、非米国地域での政策選択の誤りは、現在唯一の意味のある懸念要因と考えられる。年初来の主要国の長期金利の低下は意表を突くものであったが、その背景には深刻な需要不足がある。そして資本余剰を有効需要に結びつけられる政策の有無によって先進国間で株価格差がついている。

 

金利低下は殊に欧州なかんずく南欧諸国債券において顕著である。つい昨年までユーロ離脱さえ懸念されていたスペイン、イタリアの長期国債利回りはなんと米国と同等かそれ以下まで低下した。ドイツ国債利回りは史上初めて0.9%を下回った。この欧州において際立つ金利低下は欧州での需要不足の深刻さを物語っている。欧州での投資貯蓄バランスを振り返ると、南欧諸国はユーロ危機の過程で顕著な生活水準の引き下げにより財政赤字、対外赤字を大きく減少させ貯蓄不足を解消した。図表10に見るように財政の健全度を示すプライマリーバランスはユーロ圏全体では大幅な黒字となっている。こうした中でドイツは依然大幅な対外経常黒字を抱え込んだままで需要創造が軽視されているため、ユーロ圏全体としては資金余剰が一段と高まっている。ユーロ圏全体の、需要不足と金余りに対応する政策が欠如している、と言える。加えてユーロ圏では銀行改革が遅れ、厳しい資本規制の結果銀行貸し出しの減少が続いており、ECBによる金融緩和の効果が銀行システムの外には波及できない現実がある。よって、欧州では財政赤字をGDPの3%以内に抑えると言うマーストリヒト条約の弾力運用により財政緊縮が緩和されることが望ましい。ECBの量的金融緩和が打ち出され、今秋の銀行ストレステストが終了すれば、2015年には緩慢ながら景気回復に向かうと思われる(ドイツのスタンスの変化がカギを握っているのであるが)。

 

 

デフレ脱却の決意次第で日本株式が世界のベストパフォーマーに

政策リスクが最も大きいのは日本ではないか。アベノミクス批判派による政策の足の引張り、リフレ政策の挫折を求める世論と専門家が最大のリスクである。そもそもアベノミクスそのものがコンセンサスに抗して出てきたものであり、当時エコノミスト、学者、メディアの多数派はアベノミクスを厳しく批判していた。アベノミクスが成功裏に実行される過程で口をつぐんでいた批判派が、消費税増税後の景気困難に直面し再度批判を強めている。曰く「金融緩和によるデフレ脱却は無理だ」、「成長戦略・規制緩和と構造改革のみが経済を支える」、「デフレのほうがインフレよりましだ」、「財政赤字圧縮を最優先させよ」、「アベノミクスによって実現した円安は弊害のほうが大きく是正するべき」などの批判は、政策選択の上ではすでに決着のついたものの蒸し返しである。アベノミクスは失敗したのであるから反故にするべきだ、という乱暴な議論である。そうした世論のノイズが政策に影響を与えないか、注目される。安倍首相が「円安にはメリットとデメリットがある」等と批判派に対して迎合的発言をしたことは市場では見過ごされていない。

 

そうした中で日本株のパフォーマンスにも失望が表れている。昨年初(2013年初)来では依然世界最高だが、年初(2014年初)来では世界最低水準の騰落率となり、外国人投資家の間に失望も表れている。昨年後半からの景気回復趨勢は4月の消費税増税で途絶えた感がある。4~6月GDPは年率7.1%の大幅マイナス成長となり、消費税増税前の駆け込み需要の反動減からの回復は鈍さが現われた。加えて夏場の悪天候が消費に悪影響を与えている可能性もある。7~9月以降は消費税増税による一時的かく乱が消えることで成長軌道は復元されるだろうが、力不足は否めない。市場のコンセンサスは、「デフレ脱却とアベノミクスの成功が疑いない」というところまでは行っていない。過度に安全資産にウェイトを置く日本人投資家のリスク回避心理は未だ転換できていないのである。

 

その段階での2%消費税再増税は、さらに市場心理を冷却させるだろう。ここは安倍政権と黒田日銀総裁によって、「デフレ脱却をあらゆる犠牲を賭して推進する」というコミットメントが求められる。

 

最も望ましいのは2%の追加消費税増税を1年から2年先送りし、同時に2015年4月以降に追加量的金融緩和を実施して、一気にデフレ心理とリスク回避心理を一掃することであろう。消費税増税は積み残された2%にとどまらずにさらに15%程度まで引き上げるとともに、法人税と所得税の税率引き下げを導入することで直接税から間接税への課税体系の見直しを提起するべきである。それこそが海外に漏出している法人と富裕者の所得を国内に還流させ内需を大きく押し上げる成長戦略ともなる(税制優遇によりシンガポール、香港などの都市国家に邦人所得が滞留している)。そうした政策が打ち出されれば、内外の投資家は日本のデフレ脱却に対する確信を強め、著しく割り負けしている日本株式の抜本的水準訂正が始まるだろう。2015年には日本株式が世界最高のパフォーマンスとなる可能性も十分に出てくる。以下に示すようにすでに日本企業はここ10数年でビジネスモデルの大転換を完了させ、円安進行とともに空前の企業収益を計上しつつある。政策が伴えば株高の必要十分条件が満たされることになる。

 

 

円安→企業増益が引き起す好循環

前回レポートしたように、為替決定の三大条件、①紙幣印刷速度、②貿易収支(=為替の実需給)、③実質金利(=為替の投機需給)、がすべて史上初めて円安方向のべクトルが揃っている。加えて30年間の執拗な円高の原因であった地政学(覇権国米国の国益)が円安容認にシフトした。購買力平価ベースで見れば103円/ドル前後が妥当な為替水準であるが、為替にオーバーシュートはつきものである。過去の主要国の為替変動幅は、PPP±30%がこれまでのレンジであった(1980年から2000年までの異常円高期を除いて)。となれば1ドル120円台後半までの可能性も出てくる。この円安は日本の企業業績を根底的に向上させ、株高・デフレ脱却の推進力になるだろう。これまでのところ円安が輸出数量の増加に結び付いていない。また円安がもたらすエネルギーなどの輸入品物価高が実質賃金を引き下げている。円安はデメリットとの主張は筋が通っているように見える。しかし、それらのマイナスは一時的なものであり、あらゆる点で円安は望ましい。円安でも輸出数量が伸びないのは、現在の日本の輸出品の大半が価格競争品ではないので、値下げ競争を挑んでいない、つまり円安→ドル建て輸出価格引き下げ→輸出数量増というサイクルが起こらないからと考えられる。輸出数量が増加しないこと自体、日本の輸出構造が非価格競争品(技術・品質)にシフトしていることの証明なのである。

 

輸出数量が伸びなくても、円安メリットは十分に存在する。海外現地法人からの円ベースでの所得が(日本からの輸入コストの低下と為替換算益により)増加し、それは所得収支の改善を通して日本の経常収支を支える。加えて円安で国内生産にメリットが出てくれば製造業の国内生産回帰、輸入業者の国内調達による輸入代替によって、国内生産は活発化しよう。国内設備投資、国内生産の動きが鈍いのは、タイムラグと円安趨勢にまだ疑心暗鬼であるためと考えられる。もっとも小回りが利く中堅、中小企業ではすでに国内投資を積み上げ始めている。円安による輸入物価高で一時的に実質賃金が低下するのは確かである。しかしそれは日本に賃上げを定着させるため不可避のプロセスに過ぎない。円安により企業収益が増加している以上、持続的経済拡大が実現できればいずれ賃上げが実質所得を増加させるのは間違いない。

 

経済と株式の展望を考える時、企業業績の持続性が決定的に大切である。それは企業業績が、雇用、賃金(ひいては消費)、企業投資、株価のすべての変化の起点だからである。そして現在の日本では円安の定着が企業増益持続のカギとなっている。2015年3月期の企業業績は1割増益と史上最高と見られているが、これは円安加速により更なる上方修正は必至である。

 

繰り返すが、あとは政策次第なのである。

 

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