2010年05月31日

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ストラテジーブレティン 第16号

米国金融覇権の再構築
~ギリシャ危機で見えた米国のリーダーシップ~

沈静化しつつある危機

ギリシャ財政の問題解決は容易ではないが、危機の封じ込めはほぼ確かとなった。5月初旬に急上昇したギリシャ国債金利やCDSプレミアムは安定化し、懸念されていた流動性問題も先週末TEDスプレッドが縮小するなど、沈静化の兆しを見せている。各国の株価もここ3週間底値を固める動きを見せている。ギリシャ危機の先に何が見えてくるのか、が次の市場の関心事だが、それは米国リーダーシップの高まりだろう。今一番重要な要素は、米国の力強さである。企業の調整(在庫調整、雇用調整、設備調整、バランスシート調整)が完全に完了し、米国経済は次の展開のスタート地点に立っている。企業収益の急回復と企業における巨額の資金余剰は、いずれ、より力強い実需回復(消費と投資回復)をもたらすだろう。加えて、「驚くべきことに」今回の危機を経て、米国の世界金融におけるリーダーシップが顕著となっている。

ガイトナー・イニシャティブ

今回の危機に際して、米財務省とFRBの米国の金融当局のリーダーシップが際立ってきた。米金融当局は尻込みする欧州諸国を促し、総額7500億ユーロの緊急金融安定化プランを策定させ、財政資金の投入による市場価格の買い支えを促した。くしくもECBはFRBと同様、危機のさなかで、「buyer of last resort」の役割を演じたのであるが、それは米国に後押しされてのことであった。また、一部欧州銀行に現れたドル調達難にいち早く対応し、議会の批判を承知の上で、通貨スワップ協定を再構築しドル供給体制を整えた。さらに先週、ガイトナー氏は米中戦略経済対話の直後に急きょ訪欧し、各国に迅速、果敢、かつ用心深い対応を促した。市場を安定させるためには安定化プランの迅速な実行が必要だと訴えた。同時に過度の財政緊縮が景気停滞を招かないよう注意を求めた。またドイツの空売り規制など不適切な規制をけん制した。更に対中圧力(人民元切り上げ、金融引き締め要求など)を弱めることで中国の協力を取り付けた。その直後に中国は、前日のFTによる外貨準備資産運用のユーロからのシフト報道を否定し為替市場を安心させた。こうした一連の流れの中で、米国が世界金融のガバナンスを一手に担う姿が顕著になってきた。

進行する米国金融の野望

米国の「金融規制改革法案」においてボルカー・ルールが棚上げされたことも、米国の国際金融野望をうかがわせる。銀行と証券の分離、自己勘定のデリバティブトレーディングの禁止、預金規模(国内シェア)10%を超える金融機関の分割などはことごとく先送りされることがほぼ確実となった。ボルカー・ルールに反対したガイトナー財務長官とバーナンキFRB議長の最大の口実は「米国金融機関の競争力を損なう」ことであった。米国の誇る最も高成長・高収益産業を維持することに対する、大きな配慮が明らかとなっている。

FASBの超ラディカルな時価会計基準(Fair Value Accounting)

更に衝撃的なことは、米国会計基準委員会(FASB)がデリバティブだけではなくローンやローン類似資産(クレジットカードローン、住宅ローン、無担保企業向け貸付など)および債務についても、時価会計を適用するプランを提起したことである。それはデリバティブなど証券のみに時価会計を適用するとしている国際会計基準(IASB))よりもはるかにラディカルであり、中小銀行からの反対も多いが、ゴールドマンサックスや米国の年金や投信などの機関投資家に強く支持されている。時価会計は昨年の金融危機のさなか、景気変動と投機による市場価格の激変が金融機関の資本を直撃した時の犯人(pro-cyclicality)であり、欧州系銀行はこの緩和を求めていた経緯がある。 FASBの新提案の狙いは投資家により透明性の高い情報を与えることであり、その限りにおいて正当だろう。しかしその帰結は、伝統的ローン(lending and holding )モデルを困難にさせ、証券化による債権の転売(originate to distribute)モデルを促進することにつながる。証券市場で時価をつけられた商品を管理するためには、証券市場におけるリスクヘッジが不可欠となる。米国投資銀行モデルの競争力を一段と見せつける結果となるだろう。 図表3に示すように米国金融機関収益の回復は劇的である。さらにギリシャ・ユーロ危機はドル高と米国金利の低下をもたらし、米国の金融力を一段と強めている。リーマンショック直後に喧伝された「ドルの没落」「米金融帝国の崩壊」シナリオとは全く逆の事実が進行している。それは、市場の安定をもたらし、リスクテイクを促進せしめることとなろう。

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