2018年08月01日

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ストラテジーブレティン 第204号

封印された出口論、2%インフレ期待等価株価を想定しよう
~日銀は株価水準誘導目標を視野に入れたらどうか

(1)  評価できる出口論の完全封印

 

2020年まで出口封印は追加金融緩和と同義

2%インフレターゲットの早期実現が困難な中で、今日銀に求められるのは忍耐である。その点で、早期の出口論を完全に封印したフォワードガイダンス決定(2018年7月31日)は追加金融緩和策として評価できる。市場は2019年10月の消費税増税後の影響の見極めがつくまで、調整は行われないと考えて、リスクテイクに動きだすだろう。日本は2000年以降の長期デフレという長患いに加えて、2008年のリーマンショック時にQE導入が米国より4年遅れたこと、QE導入遅れに起因する超円高の進行、により、世界に例を見ないデフレのトラウマが強烈に定着した。この特殊性にかんがみれば、容易に2%インフレ目標を達成できないのはむしろ当たり前である。デフレ脱却を本心から必要と思っていない(としか思えない)量的金融緩和批判派の雑音に悩まされる必要はない。

 

ここ一週間の日銀政策変更騒ぎのノイズ性は明らかであった。出口に踏み出すとの不安心理を掻き立てたショート筋の売りにより、株式とドル円レートは大きく売られた。しかし2%インフレ目標は不変であり、それには相当の株高(バリュエーションの上昇)と円高回避が必須である。円高株安に結び付く政策決定がなされるとの想定は明らかに仕掛けであった。政策発表後の市場は素直にそれを評価して値を戻した。

 

根拠薄弱な日銀政策批判

それにしてもここ一週間、日銀の政策変化が、株価や為替に失望感を生むと言わんばかりのコメントが垂れ流されていた。なぜそのようなコメントが蔓延するのかだが、それは、①2%インフレ目標は不必要(日銀は旗を降ろすべきだ)、②2%インフレ目標は実現不可能(いずれ日銀は白旗を上げる)、と思っている超金融緩和反対論が根強いからである。超金融緩和批判論者は、黒田日銀の発足当時からQQE反対論を唱え続けていた。超金融緩和批判派が、この間の成長率の高まり、企業業績の高進、雇用の顕著な改善、株価上昇、円安などの成果を等閑視しつつ、2%目標未達という欠点のみを強調しているのは、公正とは言えない。この政策に対するノイズともいえる超金融緩和批判が封印されることの意義は大きい。

 

(2)  不当株安の是正は日銀ができるし、やるべきだ

 

実は資産価格コミットメントがデフレ脱却に決定的

黒田日銀の困難は、超金融緩和がインフレ期待に結び付くと理論的に説明できても、それは蓋然論であり、実証が困難であることだろう。インフレは貨幣供給の従属変数なので、金融政策でデフレ脱却は可能とのリフレ派や日銀執行部の議論に対しては、超金融緩和批判派は懐疑的である。確かにインフレ期待は多くの経路 (トランスミッションメカニズム)を経て変化するものであり、金融政策が明示的に直結してはいない。

 

日銀は株式バリュエーションの誘導目標を想定せよ

しかし株価・資産価格が貨幣供給の従属変数であることを疑う人はいないのではないか。また為替も相手国の金融政策が不変であれば、貨幣供給により決定される。つまり超金融緩和政策は、為替と株・資産価格に対しては直接的な影響力を持ち得るのである。あえて言えば金融政策➡株価・為替➡インフレ期待との因果関連があり、株価・為替は金融政策の最終目

標であるインフレ期待実現のための中間項、媒介項とみることができる。であれば2%インフレ期待と等価にある株価水準、為替水準が想定できるはずである。為替水準は相手国があるので自由には裁量できないが、株価はもっぱら国内金融政策のリーチ内にある。

 

株価は一株当たり利益×PER(バリュエーション:人気料)である。株価がどこまで上がれば2%のインフレ期待が引き起こされるか、今の業績水準のもとで、PER13倍、日経平均22500円であるが、それが5割増しのPER20倍なら34000円、二倍ならPER26倍の45000円・・・・。

 

以上のような因果関連が明白な以上、日銀は株価誘導目標、より正確に言えばPER(バリュエーション)誘導目標を持つべきではないか。2%インフレ期待に等価となる株価水準(株式バリュエーション水準)は現在よりも相当高いはずである。この株価水準に対するコミットメントの議論は日銀が2%インフレ目標堅持の姿勢を示し、そのための政策手段はいくらでもあると言明したことで、より重要になっている。

 

そもそも図表1に示す如く、債券の利回りとの比較において、株式リターンは著しく高く、日本株式は歴史的割安水準にある。これは明白なミスプライシングである。

 

 

米国QEは資産価格コミットメントとして成功した

資産価格に中央銀行がコミットする政策に対しては中銀のバブル奨励との批判が強い。しかし米国のQEの成功例を見れば、中央銀行の資産価格介入が時には正しくまた必須であることがわかる。バーナンキ議長に率いられる米国の量的金融緩和政策は、崩壊の危機の淵にあった金融市場を立て直し、瀕死の状態にあったリスクテイクマインド、アニマルスピリットを復元させ、経済を正常な軌道に引き戻した。量的金融緩和の特徴は中央銀行がバランスシートを一気に4倍に膨らませ、暴落状態にあった証券価格を押し上げた事にある。中央銀行が市場において中立的立場を捨て、断固たる買い手として登場し、暴落した資産価格を買い上げることを通じて、信用秩序を回復させた。その結果大恐慌以上に上昇したリスクプレミアムは元に戻り、一年半で6割と大恐慌並みの暴落をした株価はその後2年間で2倍となりショック前の水準に戻ったのである。

 

 

 

 

ミスプライシングの是正に責任を持つ中央銀行

輪転機の高速回転による紙幣増刷で証券価格を押し上げる? これは究極の錬金術ではないかとの批判が渦巻いていた。しかしそれが無ければ経済は大恐慌に転落していたことは、確実である。したがって、中央銀行のこれまでの範疇を越えた禁じ手は米国経済を回復軌道に乗せるうえで、絶対に必要なことであった。とは言え、闇雲な超金融緩和が全てうまくいくわけではない。「そんなうまい話があるはずはない」という素朴な疑問には一理がある。「超金融緩和で人々の期待が変わればすべてうまくいく」と言うことは、「麻薬を飲んで極楽の幻想に浸るようなもの」、「厳しい現実が変わるわけはない」と言う素朴な批判に耐えられないもの・・・・・なのだろうか。

 

超金融緩和による市場介入も、実態が伴わなかったら、その介入は失敗したはずである。中央銀行が債券市場に介入し、リスクプレミアムを一時的に押し下げたとしても、不況が深刻化し倒産が相次いだら、リスクプレミアムは再び急上昇し債券は紙くずとなり、中央銀行は不良債権を抱えることになる。

 

結局、バーナンキFRB議長のオペレーションが成功したのは、実態以上にマーケットが狂っていたからである。当時社債市場では空前の大倒産を、そして株式市場では利益の消滅を織り込んでいた。しかし経済の実態は全く腐っていなかったので、バーナンキFRB議長の英断は成功したのである。

 

 

 

 

日銀の株式コミットメントは間違っていない、雑音に惑わされるな

翻って今日の日本の金融市場では株式がミスプライシングの根源になっている。日本株式の割安さは絶対的と言える状況である。図表1に見るごとく株式と債券・預金のリターン格差は著しく拡大した。益回り7%、配当利回り2%に対して日本国債利回り0%、預金金利0%という大幅なリターンギャップは日本で過去無かったことである。また海外でもこれほどのギャップは見られない。これは株主となることによって得られる超過リターン(リスクプレミアム)が異常に高いことを示している。投資家は株主になることに伴うリスクに極端に臆病になっているのである。その理由として、かつては企業収益の持続性に対する不信感が挙げられたが、今ではその不安は完全にかき消されている。このように考えると、現在日本の諸問題の根源は、過度のリスク回避姿勢に尽きるといえる。それなら2009年の米国FRBのバーナンキ議長と同様に、今日の日銀も株式リスクプレミアムの是正に乗り出してしかるべきではないか。

 

日銀のETF買いは市場をゆがめる、政府部門が株価下落のリスクを取ることは不健全だなどの批判は、正しくはなく、日銀はそれに影響されるべきではない。今や個別株に対する知識のない投資家が株式をインデックスで投資する時代、公的であれ民間であれETF投資が市場のパフォーマンスに影響を与えるのは世界的趨勢である。また日銀の投資対象として、ゼロ金利かつ値下がりリスクがほぼ確実の国債と、2%配当があり値上がりする可能性の大きな株式とどちらが健全であろうか。日銀は正面切って資産価格の本質価値論争を提起してみてはいかがだろうか。

 

(3) 米国の経験QE  ~資産価格上昇へ

 

2%インフレ期待に等価となる株価水準はどの程度と考えられるのか、先進国で唯一流動性の罠から脱した米国の事例が参考になる。

 

米国の場合流動性のわなからの脱却は、QE➡資産価格・株価上昇➡家計資産増大・家計資産所得増加➡消費増加➡インフレ期待の高まり、という形で実現した。

 

 

 

 

この間米国の株式のバリュエーション(S&P500)はPBRが1.6倍(2009.2)から3.2倍(2018.7)へと200%に、PERは10.9倍(2011.9)%から17.5倍(2018.7)へ161%に、大きく上昇した。ちなみにこの間の日本株式(TOPIX)のバリエーションはPBRが0.9倍(2009.2)から1.3倍(2018.7)へと144%に、PERが10.7倍(2012.7)から13.7倍(2018.7)と128%にとどまっており、大きく見劣りしている。差し当たって、2%インフレをほぼ実現させた米国における、リーマンショック以降のバリュエーション変化が日本においても必要だと考えてみよう。それを、2%インフレ期待等価株価と考えれば、PBRであと39%、PERであと26%の値上がりが必要ということになる。

 

なお図表10の日米の家計金融資産(除く年金保険準備金)の株式・投信対現預金の比率の好対照も注目されるべきである。日本は現預金7割、株式・投信2割、米国は現預金2割、株式・投信7割と正反対であり、日本の異常なリスク回避姿勢が如実である。

 

日銀は株式バリュエーションを政策誘導の有力参考指標とするべき時に来ているのではないか。

 

 

 

 

 

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