2020年06月09日

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ストラテジーブレティン 第253号

香港問題と米中対決の帰趨

レッドラインを超えた香港問題

中国は5月22日から開催されていた全人代において、香港における国家安全法の導入を決めた。戦前日本の治安維持法と同様、政府批判を国家転覆罪とみなして取り締まることを可能にするもので、香港における自治と民主運動を根絶やしにできる劇法である。英国の香港統治時代最後の総督クリス・パッテン氏は、「返還後に香港の自治を保障してきた一国二制度が壊された。習近平政権は新たな冷戦を引き起こすリスクを冒し、国際金融ハブとしての香港の地位を危うくしている」と厳しく批判した。米中対決がいよいよ最後の一線を越えたとの発言が、米国トランプ政権や各種報道で氾濫している。

 

強硬貫く習政権、一見宥和的なトランプ政権

中国の強硬姿勢は顕著である。早くも香港では6月4日、天安門事件追悼集会が禁止された。また米国の香港優遇措置撤廃に対して中国は米国産大豆、豚肉輸入停止を検討と報道されている。米中第一次通商合意を中国側から破棄する姿勢を示したのである。欧米がコロナパンデミックで大混乱している間隙を縫って南シナ海、尖閣列島などへの示威行為も顕著である。

 

一方、香港国家安全法に対する米国の対抗措置は特恵関税の撤廃、ビザ発給面での優遇廃止等、中国の想定内にとどまっており、恐れられていた関係者のドル資産凍結等はなく、宥和的姿勢に見える。香港ドルの発券銀行3行(HSBC、スタンダードチャーター銀行、中国銀行)のうち英系2行は中国による国家安全法導入に支持を表明した。懸念された香港の金融機能は安泰に見え、中国の強気の横暴は通りつつあるかのようである。香港株式も国家安全法導入決定以降も堅調に推移している。

 

 

香港は中国必須のドル調達ゲートウェイ

香港はアジア最大の金融ハブであり中国にとってドル調達の窓口である。このままの状況が突き進んだ場合、最も恐れられるのは香港の国際金融センターとしての機能喪失であるが、米国の制裁はそのはるか前で止まっているのである。

 

中国の外貨調達において香港の役割は決定的である。WSJ紙によると1997年以降中国企業のIPOによる資金調達の累計額は香港市場3360億ドル、上海市場2810億ドルと香港の役割が大きい。銀行融資や社債発行においては、香港の重要性はさらに大きい。中国企業によ

る米ドル建て債券発行の過半は香港で行われ、香港市場に上場されている。2018年の中国の対内直接投資1380億ドルのうち65%の900億ドルは香港経由、対外直接投資1430億ドルのうち61%、870億ドルは香港経由であった。 

 

 

欧米型の法の支配が確立し、自由な資本移動が保証され、低税率・英語の使用などの要素を持ち、米ドルリンクの独自通貨を持つ香港は、グローバルプレイーヤーにとって安心できる投資ロケーションであり、その巨額の資本プールが、中国企業にとっては絶好の資金調達拠点であった。習近平政権は一国二制度を都合よく形骸化しようとしてきた。つまり香港の自治権を奪い中国共産党の支配力を強める一方で、自由な香港を使ってグローバルマネーを調達するというダブルスタンダードであるが、今のところそれは損なわれていないのである。

 

米中対決の3要点、①長期戦、②中国に勝ち目なし、③ドル調達難が最後の審判

しかし、だから大丈夫ということにはならないだろう。米中対立の時代においては、3つのキーポイントを押さえておく必要がある。第一は持久戦、長期戦であるということ、米中ともに相互依存が高く、直ちに関係を断ち切ったり、熱い戦争を行うことはできない。

 

米中覇権争いは3~5年と続く新しい現実といえる。深く相互依存している現状では、経済関係の遮断は双方にとって命取りになる。米国にとっては外堀を埋め兵糧戦に持ち込む以外に手はない。その過程で中国に集中しているグローバル・サプライチェーンの再構築が進む。中国で生産している企業、中国に供給を頼っている企業は他国への移転をより加速させるだろう。中国では貿易で起きるマイナスを国内需要の振興でカバーする努力が続く。この間米中双方は、国内経済と市場を押し上げざるを得ない。景気後退や株価下落は、覇権争いに決定的に不利になるからである。

 

第二は米国の勝利は間違いないということ。中国にとって年間40兆円の対米貿易黒字が命綱である。製造業の生産集積や5Gなど一部の先端技術で米国を凌駕しているように見えているが、総合力では依然勝負にならない。貿易摩擦の結果、中国国内経済は困難に陥ることは明らかである。米中貿易戦争と賃金上昇による競争力喪失で外需はますます悪化していく。債務拡大による国内消費、投資の底上げは、さらなる体質の悪化を招く。中国経済は急速に活力を失っていくだろう。

 

第三に中国のアキレス腱は外貨調達、ドル調達であり、これが止まればサドンデスとなる。今後中国の経常収支は大幅に悪化し、ドル資金調達がますます困難になると予想される。その中で、ドル資金調達のゲートウェイとしての香港の重要性はさらに高まっていくだろう。米国が伝家の宝刀であるドル使用の禁止を含めて中国を金融的に追い詰める最終局面がくるであろう。その時点で習近平氏の強硬路線は破綻せざるを得ないだろう。

 

 

 

 

 

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