2021年10月19日

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ストラテジーブレティン 第292号

ドル高・円安で日本の価格競争力向上、企業収益急伸へ

(1) ドル高時代へ、米国の役割変化、ドル流動性供給者から需要創造者へ

 

世界の機関車、中国から米国へ

米国のテーパリングがいよいよ視野に入り、ドル高の時代が始まったのではないか。ドルインデックスは5月末以降5%上昇している(図表1)。時代が変わっている。コロナ危機に対して米国が世界にドルを供給し、結果としてドル安になった時期は終わった。これからはドルが強くなり、世界の資金が米国に集まり、米国内需つまり米国への輸出が各国経済を推進する時代に入っていくのではないか。2022年これまで世界経済をけん引してきた中国経済の大減速が必至となった。IMFの直近10月に改訂発表した2022年の世界の経済見通しは、中国前年比+5.6%、米国同+5.2%であるが、恒大集団危機が引き金を引く建設・不動産の失速により、中国の景気落ち込みは更に大きくなるかもしれない。他方、米国消費は旺盛、世界経済の機関車は中国から米国にシフトしつつある。

 

 

 

ドルは米国の秘密兵器、米中対決でドル高は必須に

ドル高要因が山積している。まず①米国の超金融緩和が終わるのに伴い、米国の実質金利の上昇が見込まれる。また、②インフレ抑制にドル高が有利であること、原油価格とドルは強くリンクしてきたこと(第二次オイルショック時はドル急騰で原油高を相殺)、③米国のポリシーミックスの変化(金融引き締め財政拡大の方向にシフト・・・顕著ではないが)もドル高要因である。

 

更に最も重要なことは、ドルが米国の秘密兵器であることかもしれない。ドルは時として米国の地政学的目的達成のために使われてきた。かつて対日、今後は米中対立の戦略手段としてドルが利用されるだろう。米国の喫緊の優先課題、中国排除のグローバルサプライチェーン構築にとってドル高は必須であると考えられる。コロナ時の一時的ドル安が終わり、2011年をボトムに始まった長期ドル高トレンドが続いていくことになる、と想定される(図表2)。

 

(2) 円安時代始まった

 

ドル高以上に進展する円安、120~130円も

しかし日本円は対ドルだけではなく、各国通貨との間でも安くなっている。またドル高に転換する1年前から既に円安は始まっていた(図表3)。日本側にはドル高以上に、円が安くなる要因が山積している。①日本の貿易黒字がほぼなくなったこと(図表3)、②経常収支の黒字はもっぱら所得収支でありそれは現地で再投資されるので日本には戻ってこない黒字であること(図表4、図表5)、③日本企業は膨大な内部留保をグローバル直接投資に振り向けており資本流出が続くこと、④日本の証券投資家も米国株式、米国国債等海外投資を増加させていること等である。2021年に入ってからFRB、ECB等世界主要中央銀行がバランスシートを膨張させている中で、日銀だけは資産購入を密かに減らしている(ステルステーパリング)(図表6)。本来なら円高になってもいいはずのところだが、むしろ円安が強まっている。底流に流れる円安圧力をうかがわせる。円が安全資産として選好される時代は終わった可能性がある。1ドル=120~130円も視野に入ってくるだろう。

 

 

 

 

アメリカは円安が日本のデフレ脱却、経済再生の鍵であることを知っている

おそらく米国は円高が日本のデフレの最大の要因であり、円安がデフレ脱却の切り札であることを知っている。その米国が日本の円安を容認するかだが、容認どころか望ましいと思っているのではないか。米中対立の下で強い日本経済は必須であり、日本がデフレ脱却をしてほしいと心から思っているはずである。さらに中国・韓国・台湾などの危険地帯に集中している半導体などのハイテクサプライチェーンを安全地帯へシフトさせることが喫緊の課題であり、日本でのハイテク産業クラスターの育成強化はその重要な柱である(図表8)。それを推進するのに円安は重要である。TSMCのソニーとの合弁による熊本工場建設が決まった。日本政府が総投資額8000億円の半分の4000億円を補助すると伝えられているが、それは日本のコストが高いからである。しかし1ドル120~130円になれば、日本のコスト劣位は霧消するだろう。

 

 

 

 

(3) 日本の価格競争力大きく強化され続けている

 

「安いニッポン」に加えての円安が日本企業の価格競争力を強化

これまで何度もレポートしてきたが、日本の物価の安さ、労働賃金の安さが際立っている。21世紀に入って日本の賃金はほとんど上昇しなかった。その結果、平均賃金の水準では、G7でイタリアと最下位を争い、2015年には韓国に抜かれ、差が開く一方である(図表9)。またビックマック価格は世界最高のスイスの約半分、韓国・ブラジルよりも安くなっている。ダイヤモンド社は物価・賃金のみならず、株価、不動産価格がバーゲン状態となり、外資に買い漁られている実態を報告している。

 

 

この著しく安くなった日本に円安が襲いかかろうとしている。円安で「安いニッポン」がさらに安くなる。「安いニッポン」も「安いニッポンをさらに安くする円安」も、それ自体は日本凋落の結果ではあり望ましいことではない。しかし将来展望という観点から見れば日本にとって朗報である。なぜなら各国経済盛衰の鍵が国際的価格競争力であるが、「安いニッポン」と円安が日本の国際競争力を高め日本経済の好循環を引き起こすと考えられるからである。そもそも「高いニッポン」と円高が悪循環の出発点であった。「高いニッポン」が円高でさらに高くなり、日本の価格競争力は劇的に低下した。

 

円の実質購買力(=企業のコスト)は50年前の水準に戻った

週刊エコノミスト誌は、「安い日本 超円安時代」との特集(10月5日)で、円安が日本人の購買力を引き下げ、賃金を引き上げられない日本人をさらに貧しくしている、と描写している。デフレであるのに円安が進行してきたため、実質実効レートでみれば、現在の1ドル110円の水準は、1973年変動相場制移行以前の1ドル360円時代とほぼ同等である。つまり円の購買力は50年前に水準まで低下している(図表10)。「これは大変だ、困ったことだ」という反応が蔓延しているが、そうだろうか。

 

 

 

 

2000年以降日本の単位労働コスト低下は世界一

逆だろう。それは日本企業の価格競争力が1ドル360円時代に戻っているということ、を意味している。図11に見るように製造業の価格競争力を端的に示す、ドルベースでの単位労働コストは、2000年以降日本は世界で最も大きく低下し、日本のコストはここ20年間に、対中国、対韓国、対米、対ドイツで軒並み大きく改善していることがわかる。これにさらなる円安が加われば価格競争力は一段と向上する。

 

すでに過去最高水準に戻った企業利益率

今、物価・賃金安に加えての円安で、日本企業の価格競争力は過去30年間で最も高まっているのである。円安のメリットは海外生産している企業にとっては海外法人利益の円換算額の増加という形で現れる。すでに法人企業の経常利益率は、コロナショックから経済が立ち上がる前の2021年4~6月時点で、過去最高水準まで回復している(図表12)。今後さらなる業績向上はほぼ確かであり、企業の支払い能力の向上と技術労働者の需給ひっ迫から賃金上昇に結び付くだろう。

 

国際競争力向上はグローバル製造業と、数年後に急拡大が予想される観光関連国内産業で顕在化すると考えられる。今大切なことは円安を進めるために、超金融緩和をできる限り持続させることである

 

 

(4) 価格競争力は内需関連において特に強い、インバウンドに大いなる期待

 

極端な割安さ、日本のサービス価格

「安いニッポン」はことに、日本の内需産業、サービス価格で顕著であり、外国人から見た日本観光のコストパフォーマンスは非常に高いとみられる。内外価格差つまり日本と米国との物価の格差を比較すると、自動車、衣料品、玩具、テレビパソコンなどのエレクトロニクス製品等、グローバル製造業製品の価格はほぼ同一である。内外格差はもっぱら国内のサービス価格の差である。日米でスマホや車の値段はあまり変わらないのに、レストランの価格や交通料金、医療費、教育費などのサービス価格において極端な価格差が存在している。ラーメン一杯東京500円、ニューヨーク2000円などと巷間で語られる価格差が存在している(図表13)。なぜ内需型のサービス価格においてそれほどの格差があるのかと言えば、日本の割安な内需型サービスを外国人が買うことはできず、日本の内需価格の割安さが是正されてこなかったからである。

 

 

 

外人は知っている「日本ほど安く安全、美味しいところはない」

しかし国境を越えた観光の隆盛により日本の内需が外国人によって満たされるという10年前には考えられなかった、うれしい転倒が起こっている。世界どこを旅しても「日本ほど安く安全、美味しいところはない」ということを世界の旅行者が知ってしまった。コロナパンデミック終息後は、日本の安価・高品質の観光資源・サービスをめがけて観光需要は急増するだろう。つまり日本の内需(=国内産業)が世界の需要家に対して門戸を開くということが起きる。それは著しい割安水準に放置されてきた国内サービス関連の物価水準の大幅な是正に結び付くだろう。

 

内需関連価格の内外価格差が何故大きいのかは、補論として掲載している「コスパが特に良い日本の観光業、バラッサ・サムエルソン仮説が効く」をご覧いただきたい。

 

「安いニッポン」批判、「さらに安くする円安批判」は間違いだ

「安いニッポン」批判、「安いニッポン」をさらに安くする円安批判か渦巻いているが、それらの議論は因果関連と同義反復(トートロジー)を混同している。「安いニッポン」も円安も日本経済凋落の結果であり、それ自体は望ましくないことではあるかもしれない。例えば野口悠紀雄氏は、「円安が望ましいとの考えは誤り、円安は日本の労働力を安売りすること、消費者の立場でみれば購買力を低める。日本の産業の付加価値を高めようという意思をくじく、優秀な外国人を呼べなくなる。」(週刊エコノミスト)と主張しているが、それは結果論でしかない。

 

最大級の日本強気材料

現在我々を取り巻く多くの情勢要素の中で、何が過去起こったことの結果であり、何が将来起こることの原因なのか、という因果関連分析に基づく事実(ファクト)のふるい分けが必須である。繰り返しになるが、武者リサーチは将来の原因として各国経済分析で最も大切な要素は国際的価格競争力であり、それは日本の将来に対する最大級の強気材料と考える。

 

(参考) コスパが特に良い日本の観光業、バラッサ・サムエルソン定理が生きている

なぜ日本の国内価格が外国人から見て、魅力的なのか、それは国際経済理論にバラッサ・サムエルソン仮説で解釈が可能である。世界の賃金は一物一価であり、労働生産性が同一の二か国の労働賃金は同一になるという原則から出発する。但し、それは相互に国際市場で競争をしている貿易財(主に製造業)に対してのみあてはまることである。それでは国際市場で競争をしていないサービス業など各国の内需産業の賃金はどう決まるのかと言うと、その国の貿易財産業で形成された国内賃金相場にサヤ寄せされて決まる。つまり貿易財産業においてA国の生産性がB国の2倍であれば、A国の貿易財産業賃金は、B国の貿易財産業の2倍になる。A国のサービス産業の賃金もB国の賃金の2倍になる。この場合A国、B国のサービス産業賃金は生産性に関係なく決まるということである。概してサービス産業、例えば床屋さんの生産性は、先進国でも新興国でもあまり違いがない。しかし先進国の床屋さんの賃金は新興国の10倍にも相当する、ということが起きる。つまり生産性あたりの賃金価格差が、サービス産業において特に大きく開いているのである。

 

しかしここで国際交流が活発になり、サービス産業にも外国人の顧客がつくようになれば、ば、事情は変わってくる。B国の割安なサービス産業(生産性があまり変わらないのに価格が半分)に海外需要が殺到することになる。日本の観光関連の価格が国際比較で大いに割安化していることは、中藤さんの著書から明らかなので、観光需要が大きく増加する。「安いニッポン」は、観光という国内産業に現れた外需によって、大きく是正されていくということが期待される。このように「安いニッポン」は製造業以上に、内需産業へのアップサイド圧力を強めることになる。観光業の隆盛が日本のデフレ脱却の牽引力になると考えられる。

 

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