2022年05月06日

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ストラテジーブレティン 第305号

TSMCの日本拠点強化と日台産業協力がカギに
~ 日本産業復活の神風、円安がやってきた!! ②

恩典的円安の時代、購買力平価から相当程度(3割以上)安い為替レートが定着し、日本の価格競争力に為替面からの恩典が与えられる時代が始まった。懲罰的円高時代と同様に、今回も経済合理性とともに、覇権国米国の国益が鍵となる。米国は脱中国のサプライチェーンの構築に専念しているが、その一環として中韓台に集中している世界のハイテク生産集積を日本において再構築する必要性が出てくる。そのためには円安が必須となり、それは日本に恩恵を与える。

 

幸いにして、日本は半導体・液晶・TV・携帯電話・PCなどハイテクのコア・最終製品では一敗地に塗れたが、デジタルの周辺分野(センサー、アクチュエーター、部品、材料、装置)で差別化を図り高シェアを獲得している。それらの製品一つ一つはニッチであり市場規模は必ずしも大きくないが、世界のハイテクサプライチェーンのボトルネックを抑えているともいえる。中国を除くハイテクのサプライチェーンを構築する際には、日本が鍵になることは明白である。

 

すでに失われたデジタルの中枢部分はTSMC・台湾との連携で補完し、日本ハイテク産業の蘇生が進むだろう。懲罰的円高で起きたことと逆の連鎖が見込まれる。1ドル130円台となった円安の最大の受益者は、円高の最大の被害者であったハイテク産業になるのではないだろうか。

 

 

(1)  TSMCをコアとする日本ハイテク復活、130円の円安が推進力に

 

TSMCが日本ハイテクの救世主になるという夢が実現する

TSMCが日本ハイテクの救世主になる際に、130円という円安がその推進力になる。白川日銀総裁時代の1ドル80円の円高の下でエルピーダメモリが破たんしてマイクロンテクノロジーに買収されたが、今日本のマイクロン広島工場は最も高収益の工場になっているはずである。

 

同様にこの円安進行の下で、TSMCの熊本工場(図表2)のアップグレードと増強が想定される。日本のコスト高を補填すべく、政府が熊本工場に約4000億円の資金供与を約束したが、1ドル120~130円になると日本工場のコスト競争力が大きく高まる。台湾一極集中のTSMCは、地政学的リスクヘッジ及び米国からの要請という面からも、工場の多国分散を図らざるを得ず、日本での生産体制を大きく構築していく可能性が想定される。

 

 

日本はハイテク競争に負け、最先端基幹部分を失い、アジアにおけるハイテク分業構造においては底辺周辺の部品・材料・装置及びレガシーと言われる旧世代の半導体に特化することとなった。日本は、設計・最先端製造技術(EUV等)、半導体需要など重要な要素が欠けているが、TSMCなど台湾企業が日本の欠陥を埋め得るだろう。熊本工場誘致を核とする経産省主導の半導体産業育成政策に対して、坂本幸雄前エルピーダメモリ社長、半導体技術者・コメンテイター湯之上隆氏など多くの専門家は懐疑的である。これまでの育成策がことごとく失敗してきたこと、そもそも日本国内の半導体需要が小さいこと、人材がいないこと、先端コア技術は失われてしまったこと、等が指摘される懸念要因である。

 

確かに今の日本にはハイテク産業集積を再構築するのに欠けている部分が大きい。図表3はオムディアの推計による半導体関連市場の世界シェア一覧であるが、日本は素材で56%、装置で32%の高シェアを持っているにもかかわらず、生産シェアは19%(うち10%は海外企業の日本工場)、半導体需要は7%と、需要シェアの低さが目立つ。

 

だがエコシステムのすべての要素を揃えている国はない。また坂本氏も湯之上氏も日本ハイテク敗戦の最大の原因が、懲罰的円高であったことを看過している。後述するが、恩典的円安が日本ハイテク産業集積復活にとって、決定的ともいえる支えになることが重要である。

 

 

世界ハイテクの中心になったTSMC

世界のハイテク産業の主役はインターネットプラットフォーマーGAFAMであり、半導体もソフトウェア・設計といったソフトになっていると思われているが、必ずしもそれは正しくない。世界の半導体市場では最先端技術を確保したTSMCがサプライチェーン・バリューチェーンの核になっていることは疑いない。株式時価総額で見てもTSMCはほほ5000億ドルとインテルを大きく引き離してエヌビディアと首位を争い、GAFAMの一角メタ・プラットフォームズ(フェイスブック)に匹敵する水準にある。

 

TSMCは最先端で他を寄せ付けない技術力を誇っている。図表5は加工線幅別にみた各国シェアであるが、最先端デバイスでは台湾(TSMC)が圧倒していることが如実である。「もはや唯一のライバルとも言えた韓国サムスン電子とも、大きな技術差が付いた。台湾の新工場で世界最先端の3ナノ品半導体の量産を始める。さらに先端の2ナノ品の新工場建設も、年内に台湾で始めることを決めた。具体的には、1兆円規模を投じる最先端半導体の新工場を、新竹、台南、高雄と、台湾全土で次々に立ち上げる。世界各国は経済安保の強化を目指し、多額の補助金も用意して、積極的にTSMCの誘致活動を行った。だが、TSMCは結局、首を縦には振らず、(トランプ政権の圧力によって2020年にアリゾナに最先端工場建設を決めたことを除き)、海外に新工場建設を決めたのは、わずかに日本の熊本1カ所のみ。それも先端品の工場ではない。」(日経新聞.2022年4月1日付)

 

 

 

 

TSMCの圧倒的存在力、3つのエビデンス

TSMCの圧倒的技術力を示すエピソードは枚挙にいとまはない。

  1. AMDのインテル追撃はTSMCによって可能に。かつてパソコン用マイクロプロセッサーはインテルが圧倒的に支配、日本電気の対抗製品Vシリーズが貿易摩擦で敗退して以降、独占を避けるための唯一の(市場シェア1割程度の)限界供給者としてAMDは存在し続けた。そのAMDが急成長し時価総額では1455億ドルとインテル(時価総額1838億ドル)に肉薄している。その秘密はTSMCにある。2009年AMDは製造部門を受託生産会社グローバルファンドリーとして分離し、自社製品の生産はTSMCに依存する体制にした。その結果TSMCの先端技術での先行の恩恵を受け、マイクロプロセッサーの価格性能競争力でもインテルを凌駕し、一気にシェアを高めてきたのである。2021年の売り上げ増加率は65%と業界ナンバーワン、-1%で低迷するインテルを引き離している。分離した製造部門グローバルファンドリーと時価総額を足し合わせれば、ほぼインテルと同規模になっている。
  2. インテルも最先端半導体供給をTSMCに依存。「米インテルのパット・ゲルシンガー最高経営責任者(CEO)は今月7日、プライベートジェット機で台湾を訪れた。報道陣をほぼ完全にシャットアウトしたお忍びの訪問だったが、狙いは明確。3ナノ品や2ナノ品の調達についての交渉だったとされる。ゲルシンガー氏の台湾訪問は、昨年12月にもあった。トップ自ら台湾に乗り込み、TSMC首脳陣に直談判する形で「先端半導体の供給を懇願した(関係筋)という。」(日経新聞4月15日付)
  3. 台湾で半導体設計企業急成長、それもTSMCがあったればこそ。半導体業界はインテル、サムスンなどのIDM(垂直統合デバイス企業)と設計のみを行うファブレス企業、およびTSMCなどの受託生産企業(ファンドリー)に分業化され、最も成長力が高いのがファブレス企業というものが常識化している。エヌビディア、ブロードコム、クアルコム、メディアテックなど高成長組は全てこのカテゴリーである。しかしファブレス企業の競争力の源泉がTSMCの優れた生産能力にあることが、徐々にはっきりしてきた。図表6に見るようにファブレス企業は最先端デバイス生産をすべてTSMCに依存しており、両者には強い相互依存関係があることが分かる。さらに驚くべきことに、成長しているファブレス企業の大半は台湾人が経営を担っている。図表7に見るように、ファブレス企業トップテンのうち台湾系は10年前の2011年には2人だけであったが、2021年には7人に達している。TSMCを頂点とする半導体産業ピラミッドが形成されている、とすら見られる状況である。ハイテクの中心はソフトシステムではなく、コチコチのハードウェア企業TSMCなのである。

 

 

 

TSMCが日本拠点に注力するという想定、十分に根拠あり

TSMCは台湾一国生産体制だが、それはTSMCにとってもリスクである。インテルは、EUの補助金も受けて、欧州に製造拠点建設を計画している。

 

 

円安が定着し日本工場の採算向上のめどが立ったことで、TSMCが日本での生産拠点を増強していく公算が強まるのではないか。3つの要因が考えられる。

 

第一は半導体技術進化である。TSMCが先行している線幅縮小競争による微細化は限界に来つつあるとみられている。18か月で2倍になるというムーアの法則が限界に近づき、それを突破するには3D(3次元)化、チップレット化などの新技術でブレークスルーが必要になってくる。となるとシリコンウエファー上に回路を焼き付け組成する前工程ではなく、それを組み立てる後工程の技術進化が重要になり、素材メーカーと装置メーカーとのシナジーが不可欠になる。それらの周辺技術では世界最強の基盤を揃えている日本の協力が必須になるかもしれない。

 

第二に日本政府の長年にわたる熱心な誘致により、日台協力の土台ができている。経産省主導の下、筑波の産総研内に、2ナノメートル微細化の前工程試作ライン、3D化に対応した後工程プロジェクトが立ち上がっており(2021年)、後工程プロジェクトにはTSMCが主導的メンバーとして参加している。TSMCが台湾外に研究開発拠点を展開するのは筑波か初である。後工程プロジェクトのコーディネーターTSMCの下で、多くの日本素材・装置メーカーが参画している(頁7図表10参照)。TSMCは2019年より東大との先端半導体技術アライアンスを締結しており(頁8図表11参照)、重層的な技術協力関係が構築されつつある。この日本の謙虚さは、日本とともにTSMC半導体工場誘致を争った米国との違いを浮かび上がらせる。後述TSMC創業者モーリス・チャン氏の米国に対する苦言を参照されたい。

第三にスマホが成熟期に入り、新たなハイテク機器需要がどのようなものになるのかの端境期に入ってきた。5G、IoT、EV、そしてスマートロボットの時代の新旗艦製品が日本で生まれる可能性もあり、日本に欠けていた半導体需要が再び活発化するかもしれない。日本には各種の機械メーカー、電機メーカーも揃っている。新機種の多くが日本で生まれる可能性は十分にある。

 

このように検証していくと、TSMCが台湾国外に構築する半導体製造拠点として、日本が最も有利な条件を兼ね備えていると考えられるのではないか。日本との連携は中国の侵略リスクに対する備えとして、台湾にとっても地政学的な意義がある

 

TSMC米国の支援に不信、日本にすり寄る?

創始者モーリス・チャン氏のコメントが話題になっている。「米国は、自国での半導体生産を拡大しようとしているが、米国には製造業の人材が既にいない。台湾製よりも50%もコストが高く数百億ドルの(半導体業界への)補助金では、米国で半導体生産を進めるには、かなり少ない額だ。520億ドル(約6兆6千億円)の補助金法案、いまだ上下院で法案がまとまらず、可決の見通しすら立っていない。米国は、もう昔のような(半導体が強い)国に戻ることは不可能だ」と発言。米への不満を露にした(日経新聞 4月23日付)。

 

対照的に日本の生産拠点としての優位性を示唆したものとして受け取れないだろうか。

 

(2)  日本にハイテクの産業集積(つらら)を作るには円安は必須

 

産業集積とつらら

産業集積はどのようにしてできるのだろうか。多くの製品は特定の地域の特産となっている。そこにしかない天然資源、海山の珍味に由来するものもあるが、たいていは殆ど偶然の産物である。なぜデトロイトが自動車のメッカになったのか、それはフォードの出生地がデトロイト郊外のディアボーンであり、そこに最初の量産工場が作られたことに由来する。なぜシリコンバレーがハイテクのメッカになったかと言えば、スタンフォード大学出身の研究者・起業家たちがそこに拠点を作ったことから始まった。このような産業集積の勃興は、まるでつららが一冬かけて成長する姿に似ている。何故雨どいの特定のところに巨大なつららが形成されるのだろうか。それは雨どいの突起かゴミの付着か何かの理由によって最初の一滴がそこから垂れたことから始まる。二滴め以降も当然同じポイントから滴れ落ちるので、やがて巨大なつららが形成されることになる。こう考えると、つららの生成には、①最初の一滴、②持続的な水滴の氷化を可能にする低温、の二つが必須ということになる。産業集積を考えた場合、最初の一滴にあたるものが政策であり、低温の持続にあたるものが、有利な価格競争力を維持できる通貨安、となぞらえることができる。

 

今、米国と西側諸国は脱中国のサプライチェーンの構築を迫られている。また各国は産業の頭脳ともいえる半導体自給の確保に躍起となっている。どうしても自国に産業のつららを作らねばならないとすれば、偶然ではなく政策によって確実に最初の一滴を垂らす必要がある。またつららが早く確実に成長できるように、有利な為替レートの維持が必要である。

 

ハイテク技術の潮目到来+円安で日本復活のチャンスが来た

日本ハイテク復活は日本経済の失地回復にとって決定的に重要である。そして今進行中の円安により、日本復活の必要十分条件が満たされつつあるといえる。ハイテク中枢で負けた日本は、周辺底辺のニッチ分野を圧倒的におさえており、世界のサプライチェーンのボトルネックが日本に集中するという特異なポジションにある。今また半導体・エレクトロニクス産業は潮目の転期を迎えている。①半導体技術・微細化のさらなる進化・ブレークスルーの場面にあること、②半導体を受容する基幹的エレクトロニクス製品もスマホからポストスマホへと変化していく転換期にあること、である。これまでのハイテクの勝者がそのまま勝ち続けることが出来るとは限らない。

 

新エコシステムが必要となる時に、日本が次の時代の勝者になる条件があることは、これまでの分析から明らかであろう。

 

改めて日本でのハイテク産業集積の再生(つららの形成)には、十分な低温つまり円安が必要だ、ということが分かるだろう。財政金融当局は、ミクロ産業の価格競争力強化に資する円安堅持こそ必要だと、肝に銘じてもらいたい。

 

今の日本ではTSMCを中核として、ハイテク産業集積の再構築を図ることが喫緊の課題であるが、1ドル130円の円安定着は、神風になるのではないか。

 

(3)  補論、 大きな政府を必然とするハイテク産業の国家間競争

~ストラテジーブレティン284号 2021年7月13日発行より~

現在のハイテク・半導体・ソフトウェアなどの先端分野では、自由貿易の原則が通用しないことを認識しておく必要がある。ハイテクなどの先端分野のコストの圧倒的部分は過去投資の累積額(R&D投資、販売網構築、事業買収)であり、賃金・インフレ・為替などマクロ経済要因が影響力を及ぼす変動費は微々たるもの、マクロ政策調整が全く効かない。一旦ハイテク強国になってしまえば、どんなに通貨高、賃金高になってもその競争力は奪えなくなる。これは履歴効果と呼ばれ、収穫逓増の原理が働く世界である。つまりWinner takes allとなり容易には破壊されない。国家資本主義の中国においては、国家的プロジェクトによるハイテク企業育成のパワーは、ファーェイの急速な台頭に見るように絶大である。中国の極端な重商主義が圧倒的に有利に働いたため、対抗するにはトランプ政権が通商摩擦を引き起こす必然性があった。が、それでも不十分であり、バイデン政権は国家ぐるみの産業育成に乗り出しつつある。

 

今やファーウェイの強さは普通の市場競争では全く抑えられないところに来ているが、ファーウェイの台頭は中国の国家関与の好例であろう。なぜちょっと油断している隙にこんなことになったのだろうか。ファーウェイの圧倒的開発投資に原因がある。図表11に見るように、過去10年間にファーウェイの研究開発投資は10倍(2009年19億ドルが2019年189億ドルへ)になったが、この10年間他企業はほぼ横ばいという驚くべき実態がある。このファーウェイの圧倒的研究開発投資は国策による支援があったからとしか考えられない。政府支援の下で圧倒的価格競争力を持ったファーウェイが、市場価格に基づく高コストの他企業を圧倒し、通信機産業全体の企業収益を破壊し、他者が全く対抗できない事態を引き起こしたことは明白である。国家資本主義によるソーシャルダンピングの典型例と言える。米国政府内では国産通信機企業育成の可能性が検討され、シスコなど関連メーカーにエリクソン、ノキアの買収、あるいは資本参加を呼び掛けたが、シスコなどの米国メーカーは、それら企業は低収益でとてもではないが買収対象ではないと断ったと伝えられる。

 

とうとう米国政府は世界最強の5G関連設備企業に飛躍したファーウェイを締め出すのみならず、他の多くのハイテク分野でも中国排除を推進し、中国を排除した新たなグローバルサプライチェーンの構築を進めようとしている。競争の土俵を同一にする(level playing field)には、米国も企業支援をしなければならないということになったのである。2020年代に入って世界的に一段と強まった脱カーボンの動きも、政府関与が決定的である。炭素排出に関して経済的ペナルティとアドバンテージを与え、特定産業・企業を支援することは、まさに民間に対する公的介入になる。

 

そもそも 21世紀には牧歌的自由貿易説、比較優位説が成り立たない事情があったことが以下点から指摘される。

 

  1. コストの圧倒的部分が、固定費(=過去投資の累積額=R&D、累積設備投資、セールスフランチャイズ投資等)→履歴効果、収穫逓増の世界、容易には破壊されず、固定費は政策が決定的、
  2. 企業内工程間国際分業一般化→例えば米国のデータベースを素材として使い、シンガポールで製品として完成させ、日本のブランドとフランチャイズに乗せて欧州で販売するといった企業内の国際分業もあるだろう。このような分業の場合、各国間の仕切りで付加価値の国ごとの配分が変わる、圧倒的配分はHQ(本社所在国)に配分されるが、それは比較優位や、要素費用均等化の法則にはなじまない。
  3. 直接労働工程はいずれすべて無人化していく→製造工程編成のノウハウが鍵に、マザー工場の役割が決定的、等である。

 

通商産業政策により国家が介入することの意義を、ノーベル賞を受賞したポール・クルーグマンの新貿易理論を紹介することで確認しておきたい。古典的自由貿易論の限界に対して、1980年代クルーグマンの提起した新貿易理論は、国際分業と貿易発生の原因を、産業の地域集中がもたらす規模のメリットによってコストが低下すること(つまり収穫逓増)に求めた。そして特定地域に産業集積をもたらすものこそ、神から与えられた天性ではなく、後天的な第二の天性である、と考えた。第二の天性とは、偶然や政策などによって事後的に備わった特性であるが、それはあたかも遺伝子のごとく、最初は小さなものであっても、将来の発展を運命づけるものである。何が産業集積を導くきっかけになるか、シリコンバレーにはスタンフォード大学の存在と優秀な技術者を魅了する素晴らしい天候、自然があった。インドのバンガロールの場合、政策が決定的であった。デトロイトの場合には、自動車産業の創業者ヘンリー・フォードの故郷という偶然が自動車産業の地域集積をもたらした。そしてどの場合にも最初の一滴が重要であった。最初の微小な一滴がどこに落ちたのかで全て決まってしまう。集積の履歴効果が更に効率を高め競争力を一段と強める。クルーグマンはハイテクのシリコンバレー、航空機のシアトルはたまたまルーレットが止まったところと称しているが、最初の一滴が、いわゆる外部性(externality)を著しく高め、企業同士や労働者、技術者が近接して立地するメリットをより大きくする。このように事後的な力が最初の一滴をもたらし将来の運命を決めるとなると、自由貿易ではなく管理貿易、通商政策、産業育成策などの政府の介入も時には必要となる。第二の天性を政府が介入によって付与する意義は大いにある、ということになる。この最初の一滴の効果が、ハイテク産業では極大化しているのである。こうした一連の議論は、市場メカニズムつまり市場による最適資源配分には限界がある、ということを示している。

 

以上検討してきたように、大きな政府を不可避とする決定的な事情が存在している以上、この趨勢は不可逆的なものである、と考えられる。かつて通産省主導の超LSI技術研究組合(1976~1980年)の成功は、日米通商摩擦時に大きな批判を浴びた。以降、財政赤字の増加もあって日本政府は産業技術支援に及び腰になってきたが、そのスタンスを大転換させる覚悟が必要であろう。

 

 

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