2025年05月16日
ストラテジーブレティン 第378号
トランプ政権の真実像 「米国資本主義の隆盛」を目指しているのだろう
米国株式、関税ショック時の大暴落を取り戻した
4/2のトランプ政権の意表を突く大相互関税発表によるショックで急落した主要国株価は、5/12の米中関税暫定合意により完全に元に戻った。米国S&P500指数は、2/19の史上最高値(6144)から4/8の大底(4982)まで19%の大暴落となったものの、5/14には大底から18%上昇の5866となり、年初比でもプラスに浮上した。4/2の相互関税発表時点で巻き起こった、国際通商秩序が破壊され大不況に陥るという最悪シナリオはほぼ否定されたとみられる。
図表1 年初来主要国株価(2025/1=100)
図表2 主要国株価推移(2009/3/9=100)
唐突の相互関税発表時点ではその目的として、1)製造業を取り戻すこと、2)貿易赤字を減らすこと、3)税収を増やすこと、4)相手国の譲歩を求める手段とすること、の4つの狙いが考えられた。投資家の頭によぎった悪夢は、国際分業体制を否定してしまうのか、ドル体制を壊してしまうのかと言う極論であった。製造業製品の8割以上を輸入に頼っており米国国内での供給力が全く存在していない状態で輸入を遮断すれば、米国民の生活が立ち行かなくなる。関税の価格転嫁と供給不足によるインフレも心配される。また米国の輸入代金(=赤字)は世界に対する基軸通貨ドルの供給であるため、米国赤字が無くなることとは、世界経済に対する成長通貨の供給停止を意味する。どちらも世界経済体制を根底から揺るがすことになる。
関税政策柔軟化、悪夢シナリオは回避された
この極論が、米中関税暫定合意までの一連の展開により、否定されたのである。米国が確保したいものは先端ハイテクと軍事装備品、医薬品などライフラインに関わる製造業であり、すべてを戻すことは全く考えていないことが分かった。また通貨安により米国の赤字削減を狙うことは、直ちに米国への資金流入の減少と米国金利上昇を引き起こし、リセッションをもたらす縮小均衡の道である。ベッセント財務長官はトランプ政権がその路線を取らないことを、繰り返し表明し、市場の疑心を払拭した。
Trump’s Three Steps to Economic Growth(関税が経済成長循環をもたらす可能性)
このようにして相互関税の狙いが3)の税収と4)の相手国の譲歩を得る交渉手段と言うことになると、トランプ関税は株高要因にもなりえるというシナリオが浮上する。ベッセント氏はアベノミクスの3本の矢を模して、Trump’s Three Steps to Economic Growthを発表した。1)国際貿易の再交渉により製造業の雇用を大量に取り戻す。2)2017年の減税・雇用法を恒久化する。設備投資の100%即時償却を復活させ、再工業化を加速するために新工場建設にも優遇措置を拡大する。3)規制緩和を半導体、発電所、AI(人工知能)データセンターその他の未来のテクノロジー、エネルギー開発、地域の金融機関やその他の小規模銀行等で嫉視する。うまくいけばこれらにより米国経済は成長を続け、中国への依存度は低下し、エネルギー価格は下落し、財政赤字は減少し、ドル安は回避されるという可能性が開けてくる。
トランプ経済政策に対する過度の懸念、二つの理由
それにしても4月以降の株価の乱高下と、その背景にあるメディアや専門家の間でのトランプ氏やトランプ政権の政策に対する過小評価は行き過ぎであった。トランプ氏の経済政策に対する悲観・警戒感には二つの理由がある。第一はメディアや多くの専門家が最初から民主党寄りで反トランプなので、トランプ政策はそもそも失敗するはずだ、失敗するべきだというバイアスが存在していることである。しかし第二にトランプ政権内にも懸念されるべき理由がある。それは政権を支持するグループの主張の中に、経済合理性にそぐわず株価を引き下げる要素を内包していることがある。
まず心配されるのは反グローバルと言う頑なな理念である。グローバリズムは中国の台頭を引き起こし災いを大きくしたが、国際分業が全て問題と言うのは飛躍である。米国は最も生産性が高いハイテクに特化し、付加価値が低い製品を海外に依存するというウィンウィンの関係も存在する。米国企業そのものがこのグローバルサプライチェーンの受益者である。次に心配されたのは反ウォール街、反国際金融と言う意見である。プラザ合意に類似する第二弾のドル安合意もいとわないという政策(マールアラーゴ合意)も、米国が享受し続けてきたドル覇権の特権放棄に結び付く暴論である。
トランプ支持に集う異なるグループ、保守ナショナリスト、テクノリバタリアン、国際投資家
確かにトランプ政権のブレーン(ヴァンス副大統領やルビオ国務長官と近い保守系シンクタンク「アメリカン・コンパス」の主宰者)オレン・キャス氏は、レーガン以降の新自由主義が米国製造業の衰退と地域経済の荒廃、中間層の没落と格差拡大、絶望死の増加を引き起こしたと主張し、関税を含む産業政策の導入と、製造業の復活、ドル安を求めている。しかしキャス氏自身もそれらは長期戦略としてのものであり、ゆっくり階段を踏んでいくことが大事とも述べている(中央公論2025年6月号)。
またグローバリストの権化とも見られかねないウォール街金融の出身者であるスコット・ベッセント財務長官やハワード・ラトニック商務長官が財政金融政策を仕切り、市場の安定と金融秩序を維持しつつと経済成長のかじ取りをしている。更にトランプ支持グループとして政府効率化省(DOGE)ヘッドのイーロン・マスク氏等富裕なテクノリバタリアンが関与し、行政機構の改革、財政費用削減、規制緩和に大ナタを振るっている。これらのグループは、保守ナショナリストであるオレン・キャス氏等とは真っ向から主張が異なり関税や移民排除に必ずしも賛成でないグローバリストの側面も持っている。例えば関税引き上げを主導したピーター・ナバロ大統領上級顧問とイーロン・マスク氏の対立は広く報道された。
市場の反応により政策を変更するトランプの采配
このようにトランプ氏のスタンスは、主張の異なるいくつかの支持グループを巧みに操りながら、経済成長を持続させつつ大改革を遂行するという、柔軟性があることが分かる。政策への反応を観察しつつトランプ政権の政策が、変化成長していくという観点が必要だ。
大統領就任後の100日間に世界に衝撃を与えた3件のイベントがあった。
第一は、2/14のヴァンス副大統領によるミュンヘン安全保障会議での演説である。ヴァンス副大統領は欧州連合(EU)の指導者たちを批判し、言論の自由と民主主義が後退していっていると指摘した。またウクライナにはロシアより大きな制約があるので現実的には交渉で戦争を終わらせるしかない、と対露宥和を説き、欧州を慌てさせた。このスピーチの同盟国へショックは甚大であったが市場は冷静であった。
第二は、ホワイトハウスでのトランプ大統領とゼレンスキーウクライナ大統領との会談である。ゼレンスキー氏に事実上のロシア占領を容認したうえでの停戦を強要したシーンは、全世界に報道された。米国のウクライナ支援政策の大転換は世界にショックを与えたが、市場は冷静であった。
第三のショックは、4/2の相互関税の提起であり、米国の保護主義への傾斜、同盟国への懲罰と受け取られ、世界と市場に衝撃を与え、株・債券・為替のトリプル安が起きた。このうち市場が平静であった第一、第二の場合政策は変更されなかったが、市場がクラッシュした第三に対しては、直ちに政策変更した。以上からトランプ氏の姿勢は、成功するためには株価維持が必須であり、市場が容認しない政策は変更するというスタンス、つまり市場第一主義であることがはっきりした。
トランプ政策の揺るがない核、米国資本主義の発展なのでは
このように主張が異なる多様な支持グループに支えられながらも、トランプ政権には揺るぎない政策の肝があることが浮かび上がる。武者リサーチはそれが「米国資本主義の隆盛」であると推測する。あえてトランプ氏の心中を推測すれば、「資本主義ファースト、資本主義亡き民主主義は虚構」と考えているのだろう。
一つ一つの試みには多くの不確実性が内包されているとしても、トランプ政権は長期株高の持続を目的とする政権である、と結論づけられよう。世に風靡している「トランプ政策の挫折」だの「米国の世紀の終わり」だのと言う、悲観論は、現段階では科学的根拠に乏しい作文と言わざるを得ない。
図表3 NYダウ工業株指数の推移・貨幣創造・金価格上昇