2025年07月03日
ストラテジーブレティン 第382号
トランプ体制下の世界経済と市場展望
~日本証券アナリスト協会講演会(6/17)講演録~
目次
1.はじめに
2.トランプ関税とその狙い、帰趨
(1) 関税の真の狙い
(2) 中国の劇的な台頭をいかに抑止するか
(3) トランプとは何者か
3.米中経済の大きなコントラスト
(1) 中国の巨大な不均衡と世界経済へのリスク
(2) 米国の消費主導経済の素晴らしさ
4. 日本経済と投資チャンス
(1) 向上した企業収益と取り残される消費
(2) 政策の転換で株価が上昇
1. はじめに
1年ぶりのアナリスト協会での講演となるが、この間、色々なことが起こり、様々な仮説がある中で、最も蓋然性の高い将来をどのように展望するか。足許、間違いなく大きな転換点にあり、その一つの要素は「中国の異常な台頭」である。すなわち、本質的に私有財産や個人の自由意思に基づく市場経済を尊重しない国が世界の工業力の半分を支配するという異常事態は、どう考えても資本主義体制としてサステナブルではない。もう一つの大きな転換は「AI革命」である。これまでの産業革命は、基本的に人々を幸せにしてきたが、AI革命は明らかに人を不要なものにする。雇用を機械に置き換えるという点で、放っておけばAI革命が幸せな人々の生活や経済に結び付かない可能性が高い。これら二つの現実は、個人や企業の力では如何ともしがたい。この困難を解決していくためには、大きな構想力、そして政策が必要だ。
こうした観点から、今、世界で起こっていることを解釈する必要があり、評判の悪い米国トランプ政権も、このようなビッグピクチャー抜きに評価することはできない。非民主的で権威的な対応、ときには人権を無視するかのようなふるまいが、なぜ正当化されているのか。民主主義国の米国が、あのような指導者を認めているのだから、それなりの正当性があると考えられ、その正当性も吟味されなければならない。本日は、世界の底流にある二つの推進力、「中国の台頭」と「AI革命」について考えてみたい。
日本に関しては、「既に失われた30年は終わった」と言って良いと思うが、足元で大きな問題が起こっている。家計消費の極端な停滞である。経済が回復する中、依然として消費が10年前の水準以下で低迷していることは極めて異常である。消費こそが米国が中国を打ち破っていく最大のパワーになる。AI革命で供給力が増える中、需要を提供する最も重要な力は消費だ。この最も大事な消費を、最も蔑ろにしているのが今の日本であり、現在の政策が本質的な課題に向き合っていない、という点で大きな問題だろう。この問題がクリアされれば日本の将来は明るいが、そのためには、今の日本が直面している問題に向き合う正しい政策が不可欠である。
2. トランプ関税とその狙い、帰趨
(1)関税の真の狙い
「トランプとは何者か。」民主主義という観点ではトランプを理解できない。私は適切な物差し=評価基準は資本主義だと考える(図表1)。トランプは事業経営者であり、お金儲けが正義であると固く信じていて、それを人々に伝播することが、世界と米国国民に役立つという強い信念を持っている。株式資本主義の守護神のような存在とみて良いのではないか。資本主義という観点から見れば、彼がやろうとしていることがそれなりに解釈できる。それが正しいと思うかどうかは、ポジションによって異なると思うが、資本主義を守り、発展させるという観点で考えると、彼がやっていることには多くの合理性があると申し上げたい。
今、世界経済は「中国の台頭」と「AI革命」に直面している。米国国内では左派的な風潮が強くなり、本来の資本主義経営が遂行できなくなっている。端的に言うと、「勤労は苦役であって、否定されても良い」という思想だ。このところ急激に台頭しているDEI(Diversity, Equity & Inclusion)、PC(Politically collect)、ESG(Environment, Social, Governance)など、資本主義とはほど遠い理念を経営に導入し、仕組みを縛っていくことは大きな問題である。このように、様々チャレンジされている経済を立て直すことが、トランプが考える「米国の黄金時代を再び取り戻す」ことの内実だろう。それが上手くいくかどうかではなく、チャレンジしなければ米国経済が破綻に向かっていくことは明らかだ。株式投資という観点からは、トランプに成功してほしいということになる。
トランプに関して、最近では「TACO(Trump Always Chickens Out)」という言葉が聞かれる。「大風呂敷を広げながら、結局はやりたいこともできず、チャレンジをギブアップする。トランプは弱虫だ。」という言い方だ。実際、振り上げた拳をおずおずと下ろしたように見えることが多い。特に顕著に表れたのが、関税に関する一連の動きだ。4月2日に相互関税を平均22%に引き上げることが発表され、これが実現すれば大恐慌のときのような保護貿易の応酬の時代に入る、と我々は心配した。しかしながら、中国については145%に引き上げた関税率が60%程度に引き下げられ、ほかの国との相互関税も大きく引き下げられている。トランプは、言うこととやることが全く異なっているのは確かだが、私はそれで良いと考える。
極端な関税の引き上げは、国際分業を否定することだ。米国の製品輸入依存度は、1970年代、ニクソンショック以前は10%程度であった。服も、テレビも、自動車も、何から何まで自給自足であったが、その後、日本、韓国、台湾、そして中国に生産を依存することになり、今や米国人が使う財の80%以上を輸入に頼っている(図表2)。自給自足ができない状態で関税を引き上げ、海外からの輸入を遮断すれば、著しい物価上昇につながり、国民生活を直撃する。関税を上げて、すべての製造業を米国に取り戻すと言っても、産業基盤がない以上、国際分業を否定する米国のやり方は、自らに唾するのと同じことだ。そんなことが実現するわけがない。結局、相互関税は大きく引き下げられ、米国の対外依存が8割から7割程度まで下がるとしても、すべて米国に取り戻すことなどあり得ないということが見えてきた。
米国は一体何を取り戻そうとしているのか。端的に言うと、米国内に供給力が残っているものを取り戻したいのだ。すなわち、国内に供給力が残っているのは、鉄、アルミ、自動車であり、まさしく日本が供給しているものだ。だからこそ、米国にとって最も大事な同盟国でありながら、日本の輸出品に大きな関税をかけようとしている。そうなると、日本製鉄がUSスチールを買収したように、米国と産業協力して、日本企業が米国現地において米国の製造業の復活を担うしかない。自動車では、既にこのパターンができている。1980年代、GATTの下で輸入規制ができない米国は、日本に対して自主規制協定(VRA)を求めた。日本は米国の要求に従って、自ら米国に対する自動車輸出を半分以下に抑えることになったが、トヨタや本田は、その差額を現地生産することで補い、今ではGMと同等かそれ以上に米国内生産の比率が高い米国企業になっている。米国が自動車に輸入関税25%をかけるといっても、トヨタに対する影響は小さい。米国の製造業を取り戻すという方策は、これまで日本が対応してきた現地生産化で十分にクリアできる。
一方、米国に供給力のないものは輸入依存になる。再び米国の競争力を高めるためには、ドル安にすることで赤字を減らすことになる。赤字が減るのは良いことのように見えるが、いわばドル体制の否定である。米国が大きな経済的ダメージを被るだけではなく、世界のマネーの循環を遮断することになるため、米国から取得したドルを使って成長してきた世界経済全体にダメージを与える。したがって、私は当初から実現できるわけがないと思っていたが、案の定、米国のドル体制の否定や、米国から垂れ流されてきた大幅な赤字が劇的に減るということもないことが見えてきた。
今回の関税引き上げ論争の最も重要なターゲットは中国である。世界全体を網にかけた関税戦争の本丸である中国との間で、今、関税交渉を続けているが、一気に進むことはないだろう。じわじわと中国の手足を縛り、中国が獲得しているグローバルなオーバープレゼンスを、時間をかけて削いでいくのではないか。
(2) 中国の劇的な台頭をいかに抑止するか
米国が中国に対して貿易摩擦を仕掛け、中国が米国にとって脅威であることを最初に宣言したのは、2018年のペンス副大統領のハドソン研究所におけるスピーチであった。当時、米国の経常赤字は約4400億ドルであったが、2024年の経常赤字は1兆1300億ドルとなっている(図表4,5)。つまり、中国叩きを始めてから6年で約2.5倍に増えたということだ。他方、2018年の中国の貿易黒字は3,500億ドル、2024年は9,900億ドルと、6年間で2.8倍に増えている。中国に対する輸出規制などの制裁がまったく役に立たなかったばかりか、中国の世界におけるプレゼンスが一段と高まってしまったのである。
これには三つの理由がある。まず、一つ目に、これまでの関税制裁が生ぬるかった。また、二つ目として、コロナパンデミックが中国の追い風になった。2020年に起こったコロナパンデミックで世界の工場が止まる中、中国は武漢をロックアウトした上で工場を稼働し続け、2021年まで世界の供給力を一手に担うことになった。この間、一段と競争力をつけ、貿易黒字が高まったのである。三つ目の理由はウクライナ戦争である。西側がロシアに対する制裁で製造業製品の供給を遮断したが、この間、隙を縫ってロシアに財の供給をしたのが中国であった。今、ロシアの製造業製品の輸入の5割は中国が担っている。ほかの国が自ら手足を縛る中で中国がロシアというマーケットを支配した。これら三つの理由で、制裁されて弱くなっていたはずの中国が劇的に強くなり、手に負えない状態になっている。
重厚長大は中国の天下である。中国の粗鋼生産シェアは、2000年の時点で10%程度であったが、2024年は52.8%となっており、57%まで高まった時期もあった。また、2024年の商業用造船の受注は世界の7割を占めており、韓国や日本がまったく追いつけない状況にある。先端産業についても、世界の商業用ドローンの7割を支配している。また、EVでは6割、バッテリーでも6~7割、ソーラーパネルでは8割、ウィンドパワーでも8割と、グリーンエネルギー分野では、さらに支配力を強めている。そして、この間、明らかになったのは、先端製品に不可欠なレアメタルの生産、特に製錬を中国が一手に担っているという事実である。それほど埋蔵量があるわけではないが、鉱石を輸入し、世界の製錬の9割を支配することになった。したがって、中国を制裁しようとすれば、逆に中国から輸出ストップがかけられ、様々な生産が途絶えてしまう。実際、日本の自動車も、中国からのレアメタルの供給減によって困難な状況に置かれている。そもそも、コバルトなどのレアメタルを使った高技術製品は日本の得意分野であった。パワーのある磁石類などは日本の独壇場だったが、いつの間にかすべて中国に奪われてしまった。
今や、中国の世界の製造業におけるシェアは5割に達している。IMFの発表では、中国の世界製造業シェアは31%程度となっているが、これは現在の通貨ベースで計算したものであり、正しい数字とは言えない。中国の人民元の対ドルレートは1ドル7.3元だが、実際の人民元の購買力ははるかに強く、1ドル4元程度のパワーを持っている。1ドル4元のパワーを持つ中国が1ドル7元で商売するのだから、それは有利な商売だ。1ドル4元で中国のシェアを推計すれば、恐らく4~5割というレベルまで高まる。自動車や造船、ウィンドパワー、半導体の圧倒的な中国シェアを考えると、世界の3割というのは低すぎる見立てである(図表6)。
第二次世界大戦が終わった1945年の米国の工業力の世界シェアは5割と言われていた。つまり、当時の米国と同等の工業力を今の中国は持っている。これは、とてつもなく恐ろしい現実であり、サステナブルであるわけがない。これをどう変えていくか。このようなプランなしに、これからの国際戦略も、様々な通商もあり得ない。そして、この現実をベースにした戦略を立てているのがトランプ政権なのだ。今回の関税騒動も、中国による一極支配を変えるための工程表の第一ステップとして打ち出されたものだ。1980年代から10年以上をかけて日米構造協議で日本の手足を縛ったように、じわじわと中国を縛り上げ、身動きのとれない状態にしていくのではないか。
1ドル4元という実力に対して、1ドル7元という異常に安い為替レートが維持され、それが極端な競争力の強さにつながっているのだから、人民元を1ドル4元に引き上げれば簡単に解決できるはずだが、人民元が強くなれば、中国は、それを使って攻撃的な企業の買収、様々な国の権益の取得などを実行しかねない。日本は円高でパニッシュできたが、中国を人民元高でパニッシュすると逆効果になる可能性がある。したがって、異常な中国の強さを抑えるものは関税以外にないのだ。トランプ関税を批判する人がいるが、中国の異常なプレゼンスを抑えるプランなしに批判するのはフェアではない。米国自身が中国に供給を大きく依存する中、5割近い工業力を支配する中国を抑えるには時間を要する。米中の関税協議を機に、長期にわたる持久戦が始まったと認識すべきだ。「トランプはTACOだ」と小馬鹿にする議論はあるが、米国経済が打撃を受け、不況に陥れば支持されなくなるのだから、前言を翻すのも当然だ。ある程度の成長経済を維持しながら中国を抑えていくという高等戦術が必要であり、手練手管が求められている。
(3) トランプとは何者か
トランプ支持者には、大きく分けて三つの異なるグループが存在する。一つはナショナル・コンサバティブ、保守的国家主義者たちである。スティーブン・バノン、ピーター・ナヴァロ、副大統領のJ.D.ヴァンスなどが属するグループだが、彼らは、グローバリズムによって米国の製造業が衰退したと考えている。反グローバルで、米国の製造業・労働者の味方。そして、グローバリズムを推進したのはウォール街なのだから、反ウォール街で、グローバル金融も容認できない。スティーブン・バノンに至っては、労働者の味方だと、資本主義を敵にするようなことも言うが、現実には資本主義の権化のようなトランプをサポートしている。それなりの合理性があるのか、ダブル・スタンダードなのかは分からないが、これがトランプ支持者、MAGA(Make America Great Again)のコアになっている人々である。しかし、彼らの主張をその通りに遂行すれば、国際分業を否定し、ドル覇権体制を否定し、国際金融を否定し、最大の国際金融の受益者である米国のドル基軸通貨体制を否定することになり、自ら墓穴を掘ることになる。したがって、反グローバル、反ウォール街と言いながら、実際にはそこまで強く主張していない。二つ目のグループはテクノ・リバタリアンである。イーロン・マスクに代表される究極の自由主義を求める人々であり、イーロン・マスクがピーター・ナヴァロと喧嘩したように、関税などとんでもないと、トランプ政権の政策を支持することはできないはずだが、彼らの主張も途中で消えてしまうことが多い。テクノ・リバタリアンとトランプ政権の大きな共通項は、反DEI、反PCという、今、米国で勢いを増している左翼的なリベラル思想に対する反発なのだろう。三つ目のグループはウォール街保守派であり、スコット・ベッセントなどの金融出身者がトランプの傘下に集っている。
このように、三つのまったく異なるグループがトランプを支持しており、トランプは三つの異なる人々の意見を取捨選択しながら政権運営している。三つのグループからピックアップしたポリシーミックスとなるが、今回の関税、国際通商、国際金融といった一連の動きを見ていると、トランプが最も信頼して裁量を任せているのはスコット・ベッセント、つまりウォール街保守派のようだ。言うまでもなく、金融市場と利害を共にしているため、株式市場にとってはウェルカムとなる。
トランプは極めて巧みに、米国内に存在する保守的な雰囲気をピックアップしながら、結果として米国の資本主義が強くなる方向に政策を誘導しようとしている。このように考えれば、トランプは米国の資本主義を再建しようとしている人間だということが分かる。
3. 米中経済の大きなコントラスト
(1) 中国の巨大な不均衡と世界経済へのリスク
ベッセントも主張しているが、今、世界にとって最も危険なのは、世界経済の著しい不均衡であり、その原因は中国にある。世界の工業力の5割を持つ中国だが、国内需要は極端に弱い。世銀が発表した主要国の家計消費のGDPに対する割合を見ると、中国は36~37%で推移している。一方、中国の固定資本形成はGDPに対して40%となっており、投資よりも消費のほうがはるかに小さい(図表8,9)。これは中国だけで見られることであり、極めて歪な経済だといえる。消費力の弱い中国が、さらに供給力を高めて世界に打って出ている。中国の輸出は大幅に増加しており、とうとう自動車まで日本を抜いて世界最大の輸出国になった。最近、特に力を入れているのは、新質生産力、ニュートリオと言われている太陽光パネル、電気自動車、リチウムイオン電池である。これら輸出が大幅に増え、国内需要の低迷をカバーしてきた。しかし、国内の貯蓄をハイテク製造投資にシフトさせ、その供給力を高めたことで大幅な供給過剰になっている。太陽光パネルについては、10年後の世界の需要を全て供給できるほどの供給余剰になり、価格が落ち込んだ結果、太陽光メーカー7社が大幅な赤字になった。今後は、この過剰な供給力が中国のアキレス腱になる可能性がある。
トランプ政権が「脱・脱カーボン」を主張するのはなぜか。背景に支持者である石油産業があることは事実だが、それ以上に重要なことは、「脱カーボン」の最大の受益者が中国だということだ。「ウィンドパワー」、「EV」、「ソーラー」の世界の供給力を支配しているのは中国であり、「脱カーボン」を進めれば、中国から輸入せざるを得なくなる。中国依存を止めるためには「脱カーボン」を止めなければならない。エネルギー供給のトリレンマは、「脱中国依存」、「脱炭素」、「経済性」の三つを同時に成り立たせることはできないというものだ。少なくとも一つを捨てなければならないが、最もクリアな戦略を持っているのは米国であり、「脱カーボン」を捨てた。「脱・脱炭素」によって中国依存を弱め、経済性を獲得することで経済の成長率を高めることができる。これがトランプ政権の一連の政策の背景にある事実だ。このように考えれば、トランプ政権の「脱カーボン」政策に対する反発も、論理的には極めて一貫した主張だといえる。
他方、中国は先回りをして、世界のクリーンエネルギーの供給力の8~9割を作ってしまった。この先、クリーンエネルギーの需要が落ち込めば、中国はとてつもない過剰供給力を抱えることになる。また、中国は既に不動産の大きな困難を抱えている。IMFが2年ほど前に行ったリサーチによると、2023年の地方融資平台(LGFV)の債務残高のGDPに対する比率は53%となっており、これが中国の潜在的不良債権だと考えられるが、実際にはこれより大きい可能性が高い。日本の金融不良債権は、最悪の局面でもGDPに対して21%程度であった。つまり、当時の日本よりも今の中国のほうが、はるかに不動産の潜在的な不良債権は大きいということになる。
実際、中国の不動産は値上がりは極端であった。2023年の数字だが、上海やシンセンの住宅の年収倍率は40倍~50倍となっている。日本の不動産バブルのピーク時に、東京の住宅の年収倍率が15倍程度であったことを考えると、いかに中国の不動産がバブル状態なのかが分かる。しかも、この不動産バブルを利用して中国の地方政府は不動産売却(土地利用権売却)による収入を得ており、巨額の産業投資を実現している。ピーク時には地方政府の収入の43%が不動産売却益となっていたが、急激に落ち込み、今では3割台になっている。不動産の値上がりによって、地方の財政収入は最も大きな恩恵を受けたが、不動産価格が下がったことで、人々は将来不安から貯蓄を増やさざるを得なくなり、それが国内消費をさらに痛めるという、国内経済の悪循環が起こっている。こうした状況にありながら、世界的に供給余剰にある製造業に巨額の家計の余剰(=貯蓄)を振り向けている今の中国の政策は極めて歪であり、これを止めることが、ベッセントが主張する米中協議の最も重要な中身のひとつである。
(2) 米国の消費主導経済の素晴らしさ
世界経済がこのような状態にあるときに必要なのは「消費する力」、「需要を作る力」であり、それを持つのが米国である。米国の消費が世界の救世主として存在し、益々、それが重要になっていく。米国の消費のGDPに対する比率は、1970年の時点で60%であったが、今では68%となっている。他国の消費の割合が下がる中、消費主導の需要圧力の強い仕組みを作ってきた。これが米国の本質的な強さであり、米国が世界の基軸通貨であるという要素もそこにある。世界が米国の消費に向けて輸出し、それによってドルという成長通貨を手にし、その結果、繁栄できるという循環が起こっている。
中国も米国と同様、とてつもない勢いで工業力を高めた。そして、米国以上のスピードで軍事力を強化してきたが、この間、とてつもない勢いでドルを取得している。中国がドルを手に入れる手段は、米国との貿易と米国人の中国に対する投資である。この経常収支と資本収支の差額で中国はドルを手に入れており、2015年以降、中国のドル取得は年間約4,000億ドルレベルとなっている。巨額のフリードルを10年間、中国は米国から調達してきたのである(図表10,11)。調達したドルの使い道として、2015年のチャイナ金融危機以前は、かなりの部分を外貨準備として米国の国債購入に充てていたが、2015年以降は外貨準備を一切積まなくなり、米国の国債を売り始めた。中国は、調達したドルの大部分を対外直接投資や対外融資に充てている。相手は一帯一路の対象国、あるいはグローバルサウスである。つまり、米国から手に入れた巨額のドルを使ってグローバルサウスの地盤づくりを行ってきたのである。そうなると、ラテンアメリカも、アフリカも、ASEANも中国に文句を言えない。
では、このような中国がグローバルサウスの盟主たり得るかというと、そうはならないだろう。中国が供給したお金の見返りは、中国からの輸出品で回収するからだ。中国は極めて過剰な供給力があるため、グローバルサウスに対して融資・投資をしながら、実際には中国の供給力の捌け口にしている。いわば、帝国主義的な海外市場獲得であり、グローバルサウスと中国との間に大きな利害の相反が発生する。米国は、マーシャルプラン以降、世界に需要を提供し、米国に物を売ることで世界が繁栄した。今の中国は表面的には力が強く、巨額のドルも持っていて、金融力でグローバルサウスの盟主のように見えるが、米国とはまったく逆のパターンをグローバルサウスとの間で展開している。こんな中国が盟主になるわけがない。
消費が大事であることの、さらに大きな理由はAI革命である。昔の産業革命では、自動車工場ができて労働者が増え、工場が建設され、さらなる好循環が起こるという時代が続いた。しかし、今起こっている産業革命では、投資によって企業は儲かるが、雇用は生まれない。これから起こり得る相対的な労働需要減に対して、どのような対応が可能かを考えなければならない。
米国の産業別雇用構成を見ると、1800年の米国の就業者の8割は農民であったが、今、農民の割合は1.4%(2023年)となっている(図表12)。しかし、農業の重要性が消えたわけではない。農民が減少した理由は、農業の生産性が劇的に高まり、人を雇う必要がなくなったからだ。同じことは製造業でも起こっている。ピーク時には総雇用の3割を占めていたが、今では8.3%である。今の雇用は、「専門サービス」、「教育医療」、「娯楽観光」といったサービス産業が中心であり、100年~200年前には全く存在していない産業である。プロ野球やイベントなど、人々が楽しむための様々な産業や医療・健康や教育サービスが生まれ、農業から放出された雇用の担い手になった。こう考えると、これから進行するAI化によって、既存産業では大幅な雇用削減が行われるだろう。
そうなると、新しい雇用の創造が必要であり、そこに所得が流れていかなければならない。AI時代に、「新産業にどう所得と雇用を分配するのか」が重要なカギになる。その答えは「需要創造」だと考える。「需要創造」とは、財政、そして金融によるバブルである。過去、マネーを供給し、需要を作ることによって、新しい産業に需要が生まれ、そこで製造業、あるいは農業から生まれた過剰雇用が吸収されてきた。マネーと財政という信用創造によって需要を作り、この需要が米国経済をここまで引き上げたといえる。
資本主義の母国は米国である。英国は資本主義を作ったが、完成させることはできず、結局、途中で米国やドイツに敗れ、英国の産業は衰退した。海外に対する金融と海運で儲けたが、国内が潤わなかったことが大きな原因である。米国は英国のような道を歩まなかった。需要を創造し、国内の需要が新たな産業の受け皿になった。国内の需要を作ったのは、米国の資本主義の最も重要な推進力である信用創造である。金本位制をやめ、財政拡大を行い、時には海外に対してドル本位の下で様々な資本提供を行う。こうした形で需要を作り、生産性が高まったことで余った人々、そして海外から移住してきた人々の雇用を供給することで、米国経済は強くなってきた。米国政府がこうした推進力を正当化する根拠はただひとつ、国民の生活水準の向上である。この1点に米国の国益がかかっており、トランプも常にそれを考えている。国民の生活水準が上がるかどうかで評価されるのが米国の民主主義である。
一方、生活水準の向上という最も重要な金科玉条を持っていないのが中国であり、残念ながら日本も同様である。国家のゴールにピントが合っている米国と、ズレている中国、相当ズレ始めている日本との違いを指摘したい。このようなことは、AI革命によって生産性が高まり、供給力余剰になれば、益々強まる。これからの日本に求められるのは、「いかにして有効需要を作るのか」、「いかにして人々の生活水準を可能な限り押し上げるのか」ということだ。「将来不安をあおって生活水準を引き上げる努力を怠る」。あるいは、「生活水準を押し上げる方向に所得を使わず、貯蓄に回して、結局は余ったお金が海外に逃げていく」。これが今の日本だ。こう考えると、今の米国が消費という点でいかに健全であり、中国や日本と大きく異なっているかが分かるだろう。
4. 日本経済と投資チャンス
(1) 向上した企業収益と取り残される消費
日本は長期にわたる低迷が終わり、株価は2011~2012年のボトムから約4倍に上昇している。日本経済が長期回復の過程に入ったことは明らかである。日本叩きが終わり、超円高が終わり、むしろ円安になることによって競争力が大きく回復してきた。また、日本企業がビジネスモデルを変えたことも要因である。かつては世界のナンバーワンを競っていたが、競争に負け、ほとんど競争のないオンリーワンの領域にシフトし、様々な工夫をしながらブルーオーシャンで戦う企業が増えた。エレクトロニクスからコンテンツへと見事にシフトしたソニーのように、日本企業の多くはビジネスモデルを大変革し、長期成長の体制を整えている。加えて、日本人は、そもそも勤勉であり、額に汗して様々な匠の技術を実現してきた。日本企業の複雑性ランキングが世界ナンバーワンであることは、ハーバード大学の調査でも指摘されている。
ただし、日本の復活は企業部門に限られる。法人企業統計によると、税引利益率は5%を超えている。高度成長期でも2%程度だったことを考えると、企業が儲かるようになったことは明らかだ。理由のひとつは「グローバル展開」である。国内では儲からないためグローバル展開し、様々な特許権、技術使用料、配当などの収入が大きく増えた。また、金融収支も大きく改善している。さらに、税率が劇的に下がった。かつて日本の法人税の実効税率は55%~60%であった。バブル崩壊後のピークには100%近かった実効税率が、今や30%を切っている。大幅な税制上の優遇を受けたことで企業利益が劇的に回復したのである。この利益を使って、企業は配当を大幅に増やしている。日本企業のGDPに対する配当の割合は6%となっている。米国は4%であり、日本企業のほうがはるかに高い。
企業が儲かったことに加え、税収も上がった。税収は毎年5~6兆円の上振れとなっており、2025年の税収は80兆円程度になる見込みである(図表13,14)。理由の一つはインフレによって名目的な経済の課税対象所得が増えたことであり、もう一つは消費税増税である。項目別の税収を見ると、消費税が25兆円と、最大の税収項目になっているが、すべて家計が負担するものだ。他方、法人税はピークの水準以下である。企業の利益が3倍程度になっているにも関わらず、法人税の税収はピークのレベルを下回っている。いかに企業が税制上優遇され、いかに家計が高負担にあえいでいるかが分かるだろう。加えて、家計の社会保険料負担も増加している。2010年から社会保険料の負担率は上昇し続け、消費税増税などによって、国民所得に対する社会保険と税の負担率は2011年が38.8%、2022年は48%と、10年で10ポイントも上昇している。とてつもなく乱暴な引き上げだ(図表15,16)。
2012年、当時の民主党野田政権の下で、社会保障と税の一体改革が行われた。これから少子高齢化で働く人の割合が下がり、収入が減ってくる。したがって、安定的な社会保険、年金サービスを持続するためには増税が必要だと。そして、景気変動の影響を受けない安定的な財源として消費税を増税しようということになった。その結果、企業が儲かり、税収も大幅に増える中、家計消費だけが大きなダメージを受けた。GDPにおける実質消費は、ピークが2014年1-3月の310兆円で、以降は下がり続け、今はピーク時を4~5%を下回ったレベルで推移している(図表17)。極めて歪な状態だ。米国では消費が活発化し、それによって需要が高まり、人々の生活水準が向上する方向にあるのに対し、日本はまったく逆だ。企業が儲かっても賃金が上がらない。少々賃金が上がってもインフレで目減りする。加えて増税、高負担によって我々の生活水準は10年間下がり続けている(図表17)。
日本経済は極めて歪な状態にあり、中国同様に深刻だ。十分に企業の所得と貯蓄がありながら、最も重要な人々の生活向上に結び付いていない。企業が儲けたお金が海外投資に流れれば、確かに日本のグローバルプレゼンスは上がるだろう。実際、日本企業のグローバル投資は増加しており、その中心は米国である。石破首相はトランプに対して「日本は米国に8,000億ドルも投資している」と言い、胸を張って帰ってきたが、そのお金を日本で投資すれば好景気がやってきたはずだ。しかし、日本企業は貯蓄をすべて海外投資に回した。今後もトランプの言葉に惑わされ、益々、米国に投資するようになるだろう(図表18,19)。
そもそも大英帝国が衰退した最大の理由はこれだ。豊かな英国は、国内の生活水準の向上や消費をないがしろにし、この金をグローバル投資に振り向けた。米国の大陸横断鉄道は、英国の資本で賄われた。おかげで米国は海外資本と国内の労働力のよって大発展した。スイスの観光資源を整えたのも英国である。英国の富裕層が観光地を訪れ、お金を落としていったおかげで、スイスは世界最大の観光資源を持つことになった。
一方、英国は貯蓄がすべて海外に流れ、貧しくなった。今の日本も似たようなことをやろうとしているのではないか。これが現実であり、政治の舵取りを変えなければならない。日本の極めて潤沢な貯蓄余剰が国内の投資として循環し始めれば、大きなパワーになり得る。そのために必要なのは消費税減税なのではないか。極めて歪な個人に対する税負担の状態を変え、人々が安心して消費にお金を回せるような状態を作る必要がある。これだけ賃金が上がっても、なお実質所得マイナスの状態が続いているのは異常な状態だといえる。
(2) 政策の転換で株価が上昇
そもそも日本の株式は極めて割安であり、加えて、日本の株式需給は極めて良好であるため、このようなことが解決すれば、大きく花開いて株高に結びつくことは十分にあり得る。今まではグローバル企業、世界を股にかけて稼ぐ企業に投資して利益を上げてきたが、国内消費と投資の好循環が起これば、国内株によって日本の株価が上昇する可能性もある。
スーパーバブルサイクルを見ても、バブルの状態から最も遠いのが日本である。中国はバブルのピークを過ぎ、米国はバブルのピーク近くにあるため、日本株は非常に魅力的だといえる。日本の株式需給については、外国人が昨年1年間で約8兆円買ったものを12兆円以上売り、大幅な売り越しになっているが、外国人は日本の株を売りすぎたため、慌てて買い戻さなければならないほどの好需給にある。加えて、自社株買いが急激なブームになっている。2024年は21兆円であったが、2025年は30兆円程度の株式取得(大半は自社株買い)が想定されており、この規模の自社株買いは、外国人や日銀のETF買いをはるかに超えるパワーを持つ。さらに、これまでNISAで米国株を買っていた家計も、そろそろ日本株ということになると、需給的に日本株が大きく上昇する可能性は極めて高いのではないか。
では、何がきっかけでこうした変化が起こるのか。カギは「政策の転換」である。一気に国内需要、国内投資に舵を切る政権が生まれれば、日本株はあっという間に2~3割の上昇になるだろう。実際、ドイツ株は年初来2割上昇しているが、上昇した理由はドイツの財政政策の転換である。経済の実態が深刻であるにも関わらず、あれだけの株価上昇が起こるのだから、経済の実態が良好な日本でマーケットが評価する方向に政策が変われば、劇的な変化が起こり得る。2012年の年末、アベノミクスがスタートした局面から、日本株は1年で6割上昇したが、同様の大相場も、政策の変化次第で起こり得る。その点で、来る選挙はかなり重要になるだろう。私も投資家の1人として、株価が上がるような政権になってほしいと密かに願っている。