2026年03月15日
ストラテジーブレティン 第397号
総力戦に向かう米中対立
~ベネズェラ、イラン奇襲軍事作戦の背景~
ベネズェラへの侵攻とマドゥロ大統領拉致、イラン空爆によるハメネイ師等最高指導者達の殺害、ミサイル集中砲火による制空権の奪取等、まるでアクション映画としか思えない事態が、現実の世界で進行している。宣戦布告なき総攻撃など、国際法も国際機関による統治もあったものではなく、弱肉強食、力による正義が見せつけられている。コメンテイターも各国政府も事の本質と展開を読みあぐねており、対応に苦慮している。
弱肉強食、力による正義が横行する世界
新たにイランの最高指導者に指名されたモジタバ・ハメネイ師はホルムズ海峡の「封鎖を継続する」と表明した。制空権を取られ、対抗能力を失ったイランにとって、世界原油の2割が通過する最大の要衝を封鎖することで、世界経済を人質に取ろうとしているのである。FTは次のように述べている。「ゴールドマン・サックスの調査によると、通常1日あたり2000万バレルの原油が通過するこの水路では、現在約1800万バレルが遮断されている。約300万バレルはパイプラインで迂回可能だが、それでも1500万バレルもの原油が行き場を失っている。これにより生産者は約650万バレルの原油と200万バレルの精製石油製品の生産停止を余儀なくされた。2022年4月のロシアエネルギー危機のピーク時には、ロシアの石油生産は1日当たり100万バレルの打撃を受けた。今回はすでに1日当たり600万バレルの生産打撃を受けている。つまり6倍の規模である。」またテロリズムの総本山であるイラク神権政治体制を転換させようとすれば、地上軍の投入による長期戦を覚悟せねばならない。大半の中東専門家や軍事専門家が無謀な政策と非難しているのは、イラク、アフガンで経験したように多くの人命が失われ、戦勝は容易ではないと見ているからである。
市場の驚くべき安定性
驚くべきはトランプ政権の横暴批判、出口なき戦力行使批判の高まりの中で、市場が信じがたい安定性を維持していることである。ホルムズ海峡封鎖により原油先物価格(WTI)はウクライナ戦争勃発時の120ドル近辺まで上昇したものの、米国制空権確保、機雷敷設艦船の撃沈、などにより80~90ドル台に戻っている。しかも期近物の上昇とは裏腹に、長期限月ものの値上がりは限定的である。ホルムズ海峡封鎖解除が難航しているとの報道で3月13日(金曜日)のWTI期近先物価格は98ドルへと急上昇したが、9月物の先物価格は82ドルにとどまっており、先安観(バックワーデーション)が強まっている。
図表1原油価格推移(WTI)
図表2イラク空爆以降の原油先物価格(限月別)

株価の安定はさらに顕著で米国SP500指数は1月末の史上最高値7002ポイントからわずか5%減の6600ポイントで踏みとどまっている。日本株も史上最高値からの下落幅は9%であり、昨年4月の相互関税引き上げクラッシュの半分以下の影響である。最も下落が大きい韓国株ですらイラン空爆直前の史上最高値から15%下落したものの、リバウンドし高値比12%減まで戻している。しかも韓国株は、昨年1年間で77%、今年1~2月だけで48%と爆上がりしていることを考えれば、きわめて軽微な下落と言える。ドルや債券に至っては全く下落すらしていない。
図表3、4 主要国株価指数推移

トランプ対イラン作戦は成功する可能性が高い
市場はトランプ大統領の戦闘終結は近い、ホルムズ海峡の安全は保障されるとの言葉をほぼ疑ってはいないのである。ベッセント氏は「イランのタンカーが通過している。中国船籍のタンカーも通過したはずだ。つまりイランが機雷を敷設していないことは分かっている。軍事的に可能になり次第、米海軍はおそらく国際的な有志連合とともに船舶を護衛するだろう」と述べている。
現実的に考えてホルムズ海峡の封鎖が数か月以上に及ぶとは考えられない。米国の圧倒的軍事力、イランの疲弊した経済と統治体制の弱体化だけではない。イランの最大の後ろ盾であり、イラン原油の9割を買ってくれている中国がそれには耐えられないからである。いまや世界最大の工業国中国は最大の原油輸入国でもある。原油需要の7割を輸入に依存し、うちホルムズ海峡経由が4割に達すると言われている。原油備蓄は先進国の200日分に対して100日分と少ない。世界最大の原油・ガス生産国かつ輸出国で、ホルムズ海峡に全く依存していない米国と比較し、中国のエネルギーの脆弱性は顕著で、ホルムズ海峡長期封鎖という選択肢はない。イランにとっても石油輸出が封じられれば、著しい経済困難を余儀なくされる。
最も可能性が高いシナリオは、トランプ政権が中東の安定化を勝ち取り、成功裏に戦闘を終了するというものであろう。心配されていたイランへの地上軍派遣と戦闘の長期化、犠牲者の増加は回避されるだろう。トランプ氏は中東のテロリスト国家の弱体化、原油価格の急落によるインフレ率の低下を押し出し、11月の中間選挙に臨む可能性が強まっている。トランプ氏が失うものがあるとすれば国際法違反という汚名だけだが、しかしそのような汚名こそトランプ氏の望むものであろう。
対中政策が最優先アジェンダになった
今考えるべきはこのような狼藉を正当化する国際環境の歴史的変化であろう。根底にあるものが中国の著しい台頭と世界支配である。共産党一党独裁、全く言論の自由がなく高度のテクノロジーによって国民の一挙手一投足を監視している中国が、米国とともに世界を統治する時代、G2が現実となった。ジョージ・オーウェルが小説「1984年」(1949年出版)で描いたデストピアがそこに存在している。
世界人口の17%に過ぎない中国は世界製造業生産の4割弱(米国の2倍強・・・PPPベース武者リサーチ試算)を集積し、鉄鋼5割、造船7割、スマホ、ドローン8割、PC、TV9割の高世界シェアを獲得している。この工業力により中国は巨額の所得と金融力を確保している。2025年の貿易黒字は1兆1800億ドル、世界GDPの1%に達した。過去10年間米国から中国へ毎年60兆円、4000億ドル(貿易赤字代金3000億ドルプラス純資本収支1000億ドル)の資金が流れ、今もそれは続いている。それを一帯一路プロジェクトやグローバルサウスに対する直接投資、証券投資、融資に振り向けることで、強烈な影響力を行使している。中国によるロシア原油の購入とロシアへの財の供給で対露制裁はしり抜けとなり、ロシアはウクライナ戦争で優位に立っている。中国はイラン原油の9割、ベネズェラ原油の8割を輸入することで、破綻国家化しているこれら専制国家群を自らのテリトリーに収めてきた。もはや米国から中国への覇権の移行は不可避とすら思える事態である。
図表5主要国工業生産シェア推移
図表6中国貿易黒字推移

米中総力戦の局面、熱い戦争の一歩手前
トランプ氏は昨年対中関税を145%に引き上げることで中国の工業力のプレゼンスを引き下げようとした。しかし中国が世界シェア90% を握るハイテク製品生産に必須の素材、レアアース(希土類)の供給停止の脅しに屈し、対中通商制裁をほぼ全て棚上げした。中国の工業力の前に、トランプ氏の選択肢は、屈辱的方針転換以外になかったのである。関税と言う手段さえ使えないとすれば、対中国としてどのような対抗策が残されているのか。
かくなるうえは米国も対中総力戦に踏み込む、とのメッセージが今年に入ってからの奇襲軍事作戦であろう。今回の2つの作戦で中国・ロシア製の防空システム能力の低さと米国の情報力と先端軍事技術の格差を見せつけた。
トランプ氏は対中覇権争奪戦勝利という大目的遂行のためには、強権の行使など非常手段は正当化される、と考えているのだろう。3月末のトランプ訪中では軍事作戦能力の圧倒的優位を見せつけたトランプ氏が優勢に事を運ぶだろう。
